頭のトレーニングルーム

テーマ2

形には現われていない隠れた構造を見抜く力を身につけよう!


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第1回「複合名詞」
第2回「名詞+の+名詞」
第3回 あいまい文(ウォーミングアップ編)
第4回 あいまい文(格関係編)
第5回 あいまい文(修飾関係編)
第6回「〜は〜が〜」


講座 第1回 「複合名詞」 6/15/2000

筆記試験1の問題1にほぼ毎年のように出題されているものに<複合名詞の成り立ち>があります。
<成り立ち>ということは元々どんなものがどように結び付いて一つになったのかを見抜かなければいけません。
それでは過去の問題をやってみましょう。

<複合名詞の成り立ち>という点で他と異なるものを一つ選びます。
問題6はちょっと応用で<複合形容詞の成り立ち>の問題です。


問題1 (第6回出題)       問題2 (第7回出題)
   (1)うぐいす張り         (1)空き瓶
   (2)板張り            (2)汚れ物
   (3)革張り            (3)ゆで卵
   (4)タイル張り          (4)働き蜂
   (5)ガラス張り          (5)渡り鳥

問題3 (第8回出題)       問題4 (第9回出題)
   (1)煎じ薬            (1)交通渋滞
   (2)塗り薬            (2)健康診断
   (3)飲み薬            (3)武力行使
   (4)練り薬            (4)家庭訪問
   (5)眠り薬            (5)南極探検

問題5 (第9回出題)       問題6 (第10回出題)
   (1)山育ち            (1)奥深い
   (2)現地調達           (2)口やかましい
   (3)海外公演           (3)根深い
   (4)田舎作り           (4)人なつっこい
   (5)衝動買い           (5)名高い



解説

*ポイント

XとYがいっしょになってZという複合名詞が作られるとき、XとYの元の品詞はいろいろですが、
中でも特に重要なのが<名詞>+<動詞>、<動詞>+<名詞>からなる複合名詞です。
なぜかと言うと、元々この二つを結び付けていたものは<格助詞>だからです。
この<格助詞>が複合名詞になると『隠れてしまって見えなくなる』ので、
今度は逆に見えるように元に戻す作業をすることになります。

*必要となる知識

(ア)<格助詞>「が」「を」「で」「に」の用法
   例)名詞+ガ 動詞 → 雨が降る   → 雨降り
     名詞+ヲ 動詞 → 雨を乞う   → 雨乞い
     名詞+デ 動詞 → 炭火で焼く  → 炭火焼き
     名詞+ニ 動詞 → 月面に着陸する→月面着陸

(イ)「で」の中でも用法が異なる場合の格関係
   例)「〜で」 → 炭火焼き  <手段/材料>
            京焼き   <場所>
            おしろい焼け<原因>
 
*答え

問題1(1)以外は「〜ヲ〜スル」  問題2(3)だけ「〜ヲ」それ以外は「〜ガ」 

  ◯(1)うぐいす張り         (1)空き瓶
   (2)板張り            (2)汚れ物
   (3)革張り           ◯(3)ゆで卵
   (4)タイル張り          (4)働き蜂
   (5)ガラス張り          (5)渡り鳥

問題3(5)以外「〜ヲ」      問題4(1)だけ「〜ガ」それ以外は「〜ヲ」

   (1)煎じ薬           ◯(1)交通渋滞
   (2)塗り薬            (2)健康診断
   (3)飲み薬            (3)武力行使
   (4)練り薬            (4)家庭訪問
  ◯(5)眠り薬            (5)南極探検

問題5(5)だけ<原因>の「デ」  問題6(4)だけが「〜ニ」それ以外は「〜ガ」 
   それ以外は<場所>の「デ」   
   (1)山育ち            (1)奥深い
   (2)現地調達           (2)口やかましい
   (3)海外公演           (3)根深い
   (4)田舎作り          ◯(4)人なつっこい
  ◯(5)衝動買い           (5)名高い
 

注)問題2のように<動詞>+<名詞>の場合に動詞のアスペクトを見るような問題もあります。
  例えば、『汚れ物』は「汚れている物』で「〜ている」<状態>が隠れている。
      『働き蜂』は「働く蜂」で「〜する」<状態ではない>が隠れている。
  しかし、今回の問題ではそれでは答えが出ないので、格助詞を見ることになります。

注)問題3は普通に<修飾関係>を見て、『飲み方』なのか『効能』なのかと考えても答えは出ます。

      
*参考図書

『ケーススタディ 日本語の語彙』(おうふう)
  このケーススタディのシリーズは普通の参考書と違って『考えながら読み進める』かたちに
  なっているので、思考力を養うには最適な図書だと思います。
    



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講座 第2回 「名詞+の+名詞」 6/26/2000

筆記試験1の問題1にほぼ毎年のように出題されているものに<格助詞>があります。
今回はその中で「の」を取り上げます。

「の」は<所有格>だけじゃないの?と思っていた方は下の過去の問題をやってみましょう。
問題3は前回の「複合名詞」も含まれる応用です。



問題1<「名詞+の+名詞」の用法>
問題2<「名詞+の+名詞」の意味>
問題3<「・・・の・・・」の構造>という点で他と異なるものを一つ選びます。

問題1 (第9回出題)    問題2 (第11回出題)    問題3 (第12回出題)

 (1)石の塀         (1)男女平等の思想      (1)動物の保護観察
 (2)ゴムの弾力       (2)ひまわりの絵       (2)文字列の検索置換
 (3)革のコート       (3)試験の勉強        (3)中古車の解体修理
 (4)金色のボタン      (4)撤退の決意        (4)美術品の購入収集
 (5)三角形の皿       (5)ケネディの伝記      (5)レコードの予約受け付け


解説

*<代用>という用法

いかがだったでしょうか。
「の」には名詞(体言)と名詞(体言)を結ぶ<連体格>の用法がありますが、
それは(1)のような<所有・所属=ノ格>を意味するだけではありません。

(1)私の本、学校の机、会社の資産

同じ連体格の用法ですが、「の」にはもう一つ大切な<代用>という用法があります。
つまり、元々ある<構造>をもった文が名詞句になるときに、
その元の名詞同士の関係の表示を「の」が<代用>しているというわけです。

以下にその代用の種類を分類してみます。(参考文献『日本語教育辞典』p.452

(2)代用の用法

A<主体>(=ガ格
  都市の発達 ←(都市ガ発達する)
  山田さんの発表 ←(山田さんガ発表する)

B<対象>(=ヲ格
  日本語の勉強 ←(日本語ヲ勉強する)
  文法の解説 ←(文法ヲ解説する)

C<属性>(=〜デアル:指定の助動詞)
  部長の佐藤さん ←(佐藤さんは部長デアル)
  木のバット ←(このバットは木デアル)
   注)<材料>の場合は(木デ作ったバット)のようにデ格の代用と考えることもできる。

これらの分類でポイントとなるのは元の構造を考える時にA、Bのように隠れている<格助詞>を考えるということです。つまり、基本は第1回と同じように隠れている<格助詞>をあぶり出して動詞文に戻してみることです。そして、もう一つはCのように名詞文に戻してみて、元の文の構造をみることです。

*<代用>がなぜできるのか

A〜Cの<代用>の例は比較的わかりやすい構造ですが、実際はもっとさまざまな構造が考えられます。「の」のすごい(?)ところは、私たちが経験を通じて何らかの関係を認められるものは全て「の」で結び付けることができるということです。

もう一度<代用>について考えてみます。
なぜ元の構造の「ガ」や「ヲ」が「の」で代用できるかというと、それが示されなくても、名詞を見ればその意味関係が理解できるからです。「〜である」の代用も同じ理由です。
だから、逆に意味関係が理解できれば「の」を使って代用ができるということになります。

『勉強する』という単語を考えてみます。この単語から私たちは次のことを自然に理解します。
1)だれかガ(勉強する)
2)なにかヲ(勉強する)
3)あるときニ(勉強する)
4)なにかのタメニ(勉強する)

このことから、「の」による<代用>ができます。
1)→山田さんの勉強
2)→文法の勉強
3)→あしたの勉強
4)→試験の勉強

このような「名詞+の+名詞」の意味が理解できるのは上のような知識があるからです。
1)2)は上のA、Bと同じですが、4)は2)と似ているようで実は異なる構造です
つまり、「試験ヲ勉強する」ということはありえないわけで、「文法」は勉強する<対象/内容>になりますが、「試験」はそのような<対象/内容>とは考えられないということです。



*解答

問題1 (2)以外はすべて<〜である>の代用

  (1)石の塀    ←(塀は石である)    
 ◯(2)ゴムの弾力        
  (3)革のコート  ←(コートは革である)     
  (4)金色のボタン ←(ボタンは金色である)    
  (5)三角形の皿  ←(皿は三角形である)
     
問題2 (3)以外はすべて前の名詞が<対象/内容>を意味している
    つまり、(3)だけが『何のタメノ〜』でそれ以外は『何の/どんな〜』を意味している

  (1)男女平等の思想      
  (2)ひまわりの絵       
 ◯(3)試験の勉強        
  (4)撤退の決意        
  (5)ケネディの伝記  
    
問題3 後ろの複合名詞と前の名詞との関係を見ると(5)だけが『〜の〜を〜する』

  (1)動物の保護観察     →(動物  を保護/観察する)
  (2)文字列の検索置換    →(文字列 を検索/置換する)
  (3)中古車の解体修理    →(中古車 を解体/修理する)
  (4)美術品の購入収集    →(美術品 を購入/収集する)
 ◯(5)レコードの予約受け付け →(レコードの予約を受け付ける)


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講座 第3回「あいまい文」warming-up 7/20/2000

日本語教師にとって「あいまい文」とは?

有限の単語と有限の文法規則(音韻規則も含めて)を使用しながらコミュニケーションをしている私たちですが、相手の言っている文の意味が曖昧で困ったという経験は実際の会話の場面ではそう多くありません。それは実際の会話では<場面><会話の文脈>というのがあって、有限の素材と規則を効率よく使用できるようになっているからです。いくら人間の脳が発達したからといってもあらゆる物や事象のそれぞれに異なった名称や異なった表現方法をあてていたら記憶力がどれくらいあっても追い付かないし、非常に負担にもなります。

逆に言えば、<場面>や<文脈>を取り除いて、その文だけを見たとき(聞いたとき)にはその文の意味が曖昧になることが多いということになります。
しかし、一般にそれを母語とする人はその文がたとえ一つ以上の意味があるとしても、初めに見た(聞いた)時には瞬時に一つの意味を理解します
それは簡単に言ってしまえば、その人の<経験>によるものです。『母の料理を食べてみた』という文を見たときにほとんどの人が「自分の母の手料理を食べた」という意味に理解するでしょう。それは私たちの頭の中には<母親は料理を作って食べさせてくれる存在である>という経験によって作りあげられたイメージが強くインプットされているからです。

しかし、この文にはもう一つの解釈が可能です。そのためには<内省>が必要です。つまり、意識的に意味をとる作業をすることです。このような作業が的確に行われることは日本語教師として必要な能力だと考えます。
上の例で言えば、レストランで家族がそれぞれ異なる料理を注文して、他の人の料理がどんな味か気になったときに発話されたとしたらどうでしょうか? つまり『母の料理』の解釈が<母が作った料理>ではなく<母が注文した料理>となるのです。<AのB>の解釈が二通りあったということです。
このように<内省>のためには
1)文法(語彙も含めて)の知識に裏うちされた
2)様々な場面を想定できる柔軟な発想
が必要となります。

そこで、このルーム2の最終課題として『あいまい文』をとりあげますが、それを3つの段階に分けてみて行きます。
(1)語彙的曖昧性をもつ文
(2)構造的曖昧性をもつ文(格関係)
(3)構造的曖昧性をもつ文(修飾関係)

ちなみに上の例題は(2)の場合です。
ルーム2のテーマとしては(2)(3)を取り上げるのが適当なのですが、<内省>のトレーニングとして(1)をウォーミングアップ編として取り上げてみました。

なお、過去の検定試験の問題の引用にあたっては、これまでの筆記1問題1のような「〜の点で他と異なるものを一つ選ぶ」という選択問題ではなく、文章問題となっているため、問題の箇所の簡略抜粋になっていますのでご了承ください。



それでは(1)語彙的曖昧性をもつ文にチャレンジしてみましょう

問題1 (第6回出題)
    同音異義語であるが、分節音の同一性のみならず音の高さなどの超分節的な情報も
    すべて含んだ上で発音が同一であるために語彙的に曖昧性があるものはどれか。

    (1)いしになりたい
    (2)はなをじっとみつめた
    (3)はしをつくります
    (4)そこにあながあいている

問題2 (第6回出題)
    『社長さんが秘書をさがしている』という文は、「さがす」という動詞とのかかわりに
    おいて「秘書」の解釈が二通り可能である。
    「秘書」という名詞が特定の秘書を念頭においた解釈か、だれでもいいから秘書を
    探しているという解釈の二つである。つまり、名詞句の解釈が特定(specific)
    になるか不特定(nonspecific)になるかの問題である。
    これと似たような曖昧性をもつ文はどれか。1つ選べ。

    (1)明日福岡から妹が訪ねてくる
    (2)今晩は月がやけに美しい
    (3)彼は准看護婦さんと結婚した
    (4)どの共和国へも大使が派遣された

問題3 (第5回出題)
    『先生が学生の間違いを見逃した』という文の解釈として成り立たないものはどれか。
    1つ選べ。
    (1)「学生の間違い」は「対象」である。
    (2)「学生の間違い」は「対象」でない。
    (3)「先生」は「動作主」である。
    (4)「先生」は「動作主」でない。
    (5)「見逃した」は意志性をもつ動詞である。
    (6)「見逃した」は意志性をもつ動詞でない。

問題4 (第5回出題)
    問題3の文のあいまい性を除去するために加えることができる表現を4つ選べ。
    ただし「見逃す」は適当な語尾変化を受けるものとする。

    (1)いつも  (2)うっかり (3) きまって (4)しじゅう 
    (5)たびたび (6)わざと  (7)〜がちだ  (8)〜つづけた
    (9)〜ている (10)〜てやった



解説

*必要とされる知識

  A 同音異義語とは何か
    1)分節音
    2)超分節的情報

  B 名詞句の解釈が特定(specific)か不特定(nonspecific)かとはどんなことか

  C 意志性がある動詞とない動詞、それと「動作主」と「対象」の関係

  D 曖昧性を除去するとはどんなことか

*Aについて

同音異義語はワープロ作業の経験がある人ならだれでも経験があるように、非常に多い。
最近はAI変換と称して前後の文脈(助詞の情報なども含めて)から適当な単語に変換してくれものが主流を占めているが、ワープロがまず最初にやっている作業というのは文を<分節>する作業である。
分節の作業は母語話者であれば直感でやっていることであるが、その分節された<言語単位>は大きいものから小さいものまであり、順に並べれば次のようになる。

『あめが降っている。外はすずしい』
1)あめが降っている/外はすずしい <文>
2)あめが/降っている/外は/すずしい <句>
3)あめ/が/降って/いる/外/は/すずしい <語>

ここまで分節してみて「あめ」という語が「雨」なのか「飴」なのか判断することになる。
そして、この「雨」と「飴」を同音異義語と呼ぶのだが、<同音>といったときには/ame/という音が同じことを言っている。これは<分節音>が同じということである。しかし実際の発話(注:東京方言)ではアクセント(やイントネーション)のおかげで「雨」と「飴」は区別される。そして、このような情報を<超分節的>な特徴と呼ぶ。
つまり、同音異義語にも二種類あって、一つはただ<分節音>が同じもの、もう一つは<分節音>だけでなく<超分節的な情報>も同じものである。
結局、問題1は「発音だけでなくアクセントも同じために曖昧になるもの」を選ぶ問題である。

※将来音声認識の技術が進めば<超分節的な情報>も理解して変換してくれるワープロが登場するでしょう(ひょっとしてもう登場しているのかな?)(^_^;

*Bについて

 英語を勉強して大変に感じることの一つに<冠詞>がある。"a"なのか"the"なのか"my〜"なのか、それともどれでもいいのかと悩んだ経験はだれでもあるはずである。このように英語は<特定>なのか<不特定>なのかをはっきりさせる言語である。日本語も「ある〜」や「某〜」、「その〜」や「私の〜」などのように明示する手段があることはあるが、実際の会話では文脈などによって明示されないこともある。
逆にそのために文が曖昧になることがある。
『探す』には「なくなった物やいなくなった人を探す」という<特定>のものを指して使う用法と「求人する」という<不特定>のものを指す場合がある。そのため『社長さんが秘書を探している』という文が二義性をもつことになるのである。

*Cについて

 「見逃す」が二つの意味にとれることは容易に察知できることだが、それがどのような違いなのかを文法的に説明を求められるとちょっと困ってしまう。

動詞はいろいろな視点から分類できるが、その中に<意志動詞><無意志動詞>という区別がある。
<意志動詞>は意志をもって行われる動作を示す動詞で、当然人間がその主語となる。したがって人間以外のものの動きを表わす動詞は<無意志動詞>ということになる。

 注:人間が主語に立つ場合でも「人間の生理的、心理的な現象を表わす動詞
  (むせる、飽きる、など)」や「対象に『ガ格』をとる動詞
  (できる、要る、見える、聞こえる、わかる、など)」は<無意志動詞>に分類される。

  『日本語教育辞典』(大修館書店)の定義では
  「命令形が本来の意味で使われるもの」が<意志動詞>で
  「それが本来の意味で使われないもの」が<無意志動詞>とされる。

動詞が<意志性がある/ない>という区別がなぜ重要かと言えば、この分類にしたがって同じ文型が異なる意味を持ったり、ある表現が不可能だったりするからである。

1)命令形
  <意志動詞> →命令:早く歩け
  <無意志動詞>→願望:早く咲け

2)意志形
  <意志動詞> →意志:歩こう
  <無意志動詞>→推量:花も咲こう 注:文語的 /「そんなこともあろう/言えよう」

3)可能表現「〜ことができる」や希望表現「〜たい」は<意志動詞>のみ可能

4)目的表現
  「〜ように」→<意志性がない述語>といっしょに使われる
          もっとわかるように説明する(わかる)
          もっとできるように勉強する(できる)
          早く起きられるように目覚まし時計をセットする (可能形)
          忘れないように書いておく (否定形)

  「〜ために」→<意志性のある述語>といっしょに使われる
          早く起きるために目覚まし時計をセットする
          忘れないように書いておく (※「忘れない」を積極的にする動作とみる)

          
しかし、このような分類にすべての動詞を規則的に振り分けられるわけではない。
つまり、どちらの特徴も持つものがある
このような場合にその動詞は<意志性>をもつ/もたないとか、<意志動詞>として/<無意志動詞>として使われているとか言われるのである。

例えば、『落とす』という動詞を考えてみる。
(ア)「(私は)お腹の上にボールを落として腹筋を鍛えた」
(イ)「(私は)どこかで財布を落とたようだ」

(ア)も(イ)も「〜を落とす」という形で使われているが「落とす」の意味するものは異なる。
(ア)はそうしようという意志があってすることであるが、(イ)にはそのような意志は見られない。つまり、(ア)の「落とす」には<意志性>があるが(イ)にはそれがないということである。

そして、<動作主>という用語はその文の中でその名詞がどのような『意味(役割)』を担っているかという視点で命名されたものである。したがって、<意志性>がある動詞の文にはその動作をする主体ということで<動作主>が認められるが<意志性>がない動詞の文では<動作主>とは認められない。

一方<対象>という名称は動詞が意志性があろうとなかろうと、また状態性の述語(形容詞など)であっても認められるものである。以上をまとめると次のようになる。

                 <動作主>で  <対象>で <意志性>が
(a)太郎が花子をたたく      太郎:ある  花子:ある  あり:意志動詞 「たたく」
(b)太郎が煙にむせる       太郎:ない  煙 :ある  なし:無意志動詞「むせる」
(c)太郎が花子のこと知っている  太郎:ない  花子:ある  なし:状態性述語「〜ている」
(d)太郎が車を持っている     太郎:ない  車 :ある  なし:状態性述語「〜ている」
(e)太郎は英語ができる      太郎:ない  英語:ある  なし:状態性述語「できる」
(f)太郎は花子が好きだ      太郎:ない  花子:ある  なし:状態性述語「形容動詞」
(g)太郎は花子がこわい      太郎:ない  花子:ある  なし:状態性述語「形容詞」

 注:このような意味的な役割を設定するのは、生成文法で表層構造と深層構造の二つを設定し、
   深層構造に意味的な役割を与えるという考え方によるものである。
   したがって、伝統的な<主語><目的語>といった概念とは一致しない。
 注:上の(e)〜(g)の『ガ格』は<対象>を示すガ格と呼ばれ、<主格>のガ格と区別される

そこで問題の『落とす』はどうなるかというと、
(ア)は(a)と同じで、「私」は<動作主>であるが、(イ)は(b)と同じで「私」は<動作主体>とは言わない。

 注:以上の記述は『日本語教育辞典』p.181-2をまとめたものである。

*Dについて

「見逃す」には<意志性>がある場合とない場合があることが理解できれば、それを明示するためにどのような副詞が必要か、またどのような文型が必要かが見えてくる。

1)<意志性>を明示するために

  副詞:わざと、わざわざ、あえて、など
  文型: 〜てやる、〜てあげる、〜てもらう、など

2)<非意志性>を明示するために

  副詞:うっかり〜する、
  文型:〜がちだ(そのような傾向がある)

注意:「〜ている/〜つづける」は『雨が降っている/降り続けた』のように無意志でも可能
   「〜てくれる」は『雨が降ってくれた』のように無意志でも可能

応用:あいまい性を除去する場合に限らず、ある単語、表現がどのような意味で使われている/
   使われうるのかということを調べるために、何かをつけてみるということは重要な作業である。

   例)「〜たら」は仮定を表わすと言われるが1)と2)は同じだろうか?
     1)あした山田さんが来たら、これを渡してください。
     2)お湯が沸いたら、これを入れてください。

     そこで、<仮定>かどうか明示する『もし』をつけてみると、
     1)は可能だが、2)は不可である。
     それで、2)は<仮定>の「たら」ではないことがわかる。



答え

問題1

 (1)いしになりたい     「石」「医師」はアクセントが異なる
 (2)はなをじっとみつめた  「花」「鼻」は       異なる
 (3)はしをつくります    「橋」「箸」は       異なる
◯(4)そこにあながあいている 「そこ」「底」はアクセントも同じ

問題2

 (1)明日福岡から妹が訪ねてくる  「妹」は話者との関係を示すため特定される
 (2)今晩は月がやけに美しい    「月」は一つしかない
 (3)彼は准看護婦さんと結婚した  『結婚した』という動詞から当然「看護婦さん」は特定される
◯(4)どの共和国へも大使が派遣された 
     <特定> 大使の職にある、特定される個人がそれぞれの共和国へ派遣された
     <不特定>それぞれの共和国へ大使が一人ずつ派遣された

問題3

 「見逃す」が<意志性>をもつとき →「大目にみて許す」の意味
       <意志性>がないとき →「見落とす」の意味

 このように二つの意味があるので、<意志性>がない場合は「先生」は動作主としては認められないので、(2)が正解となる。

問題4

 解説にも書いたように、(2)(6)(7)(10)が正解となる

いかがでしたか。問題3は「動作主」「対象」という概念が何を示すのかという知識がないと難しかったかもしれません。
これで「あいまい文」のおもしろさ(?)が体験できたら、次の「構造的あいまい文」に進みましょう。
    


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講座 第4回「あいまい文」格助詞編 7/20/2000

ウォーミングアップが終わったらいよいよ本格的なあいまい文にチャレンジです。
問題には次回の修飾関係の要素も入っていますが、格助詞の注目して考えてみてください。



問題1 (第5回出題)

   『山田さんが花子が好きなことを太郎に教えた』という文の解釈として
    成り立たないものはどれか。1つ選べ。

   (1)第三者が教えた場合、花子のことを好いているのは山田さんである。
   (2)好いている人が花子の場合、教えたのは山田さんである。
   (3)「こと」を表わす内容が「山田さんが花子のことを好いている」である。
   (4)花子のことをだれかが好いている場合、そのだれかは太郎である。
   (5)「好きなこと」が、たとえば「生け花」を指している場合、教えたのは山田さんである。

問題2 (第5回出題)

   問題1の文のあいまい性を減らす方法として、最も適当なものを二つ選べ。

   (1)「太郎に」の後にポーズを置く。
   (2)「山田さんが」の後にポーズを置く。
   (3)「花子が」の後に「いちばん」をつける。
   (4)「山田さんが」を「山田さんは」に変える。
   (5)「太郎に」の後に「だけ」をつける。



解説

*必要とされる知識

 A 「こと」の二義性  復習→ルーム1講座第4回「こと」

     1)内容を示す
     2)節を名詞化する

 B 「が」の二義性

     1)主格の『ガ』
     2)対象を示す『ガ』

 C 「は」と「が」の守備範囲

     「が」は従属節の中だけ小さく、「は」は大きく主節にかかる

問題1はひとつひとつ検討していけば、成立しないものがどれか答えは出ると思うが、なぜ他のことが成立するのかは、上の二つの文法事項が混じっているためである。

*Bについて

 「わかる」「できる」「要る」「見える」「聞こえる」のような動詞や
 「欲しい」や「怖い」や「なつかしい」などの形容詞
 「好きだ」「嫌いだ」のような形容動詞はその対象を『ガ格』で表示する

 そこでこのような述語の場合には主格の『ガ格』と紛らわしい場合がある。
 1)の文は表面上は「ガ格」が主格を示しているのか対象を示しているのかわかならい。
 つまり、2)の場合と3の場合がある

 1)太郎さんが怖い      :「太郎が」主格? 対象?
 2)花子さんが太郎さんが怖い :「太郎が」対象
 3)太郎さんが花子さんが怖い :「太郎が」主格

 さらに「こと」の二つの用法を考慮すると、次のようになる。
 4も5も「太郎さんが」の「が」は主格であるが、「こと」の用法が異なる

 4)太郎さんが(〜が)怖い  → 太郎さんが怖いこと       :こと=内容
 5)太郎さんが花子さんが怖い → 太郎さんが花子さんがこわいこと :こと=名詞化

 さらにこれらを他の文(「〜を聞いた」)に埋め込むことによって次の文ができ上がる。

 5)4)→太郎さんが怖いことを聞いた。      :だれが聞いたかは明示していない
 6)5)→太郎さんが花子さんがこわいことを聞いた。:だれが聞いたかは明示していない 

 ここで、6)の文では「〜を聞いた」の主語を考えることも可能である。主語を考えると
 自動的に「こと」は名詞化の用法から内容を示す用法に変わる。

 7)6)→太郎さんが/花子さんがこわいこと/を聞いた:聞いた人は太郎さんこと=内容

 以上、完成した7)を逆にどのように解釈できるか見てみると、

 7-1)太郎さんが花子さんがこわいこと聞いた :聞いた人は太郎さん、こと=内容
 7-2)太郎さんが花子さんがこわいことを聞いた  :聞いた人は不明、  こと=名詞化

 あいまい性を生んでいる原因がわかれば、それを減らす方法も見えてくる
 7)の文の”/”が示しているように、あいまい性の原因は
 「山田さんが」のところで切れるかどうか、
 つまり、切れて「聞く」にかかっているのかどうかがはっきりしないからだ。
 だからそれをはっきりさせればいい

*Cについて

 1)の文を2)のように「あなたは知っていますか」の文の従属節にすると何が変わるか?

 1)山田先生来月結婚します。
 2)あなた山田先生来月結婚することを知っていますか。

 このように「山田先生は」の「は」は従属節の中で「が」に変わる。
 つまり、「が」は従属節の中に小さくおさまるが、「は」は大きく主節にかかっている

 このような規則は『〜とき』のような連体修飾節にも表われる。
 3)山田さん運転するとき、シートベルトをしめる。
 4)山田さん運転するとき、シートベルトをしめる。

 3と4の文を見て、だれがシートベルトをしめるのかを考えると、異なることがわかる。
 3)は「山田さんは」なので、しめる人は山田さんと解釈される。
 4)は「山田さんが」なので、しめる人は他の人(例えば『私』)だと解釈される。

 分かりやすく”/”を入れると次のようになる
 3)山田さん/     運転するとき、/シートベルトをしめる
 4)() /山田さん運転するとき、/シートベルトをしめる



答え
 
問題1 上の解説のように”/”を入れて解釈の違いを示すと次のようになる。
 
 (1)山田さんが花子が好きなことを/太郎に教えた   :教えた人は不明、  こと=名詞化
 (2)山田さんが/花子さんが好きなことを/太郎に教えた:教えた人は山田さん、こと=内容

 したがって、この解釈の仕方を示しいないものは4で、あとはそのように解釈可能である。

問題2 
    上の解説のように”/”を明示するには『は』を使うことと、話す場合にはそこに
    ポーズを置くことである。
    したがって、答えは2と4になる 


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講座 第5回「あいまい文」修飾関係編 7/27/2000

いよいよあいまい文の最終回「修飾編」です。何が何によって修飾されているのか、単語が同じ順序でも並んでいてもその修飾関係は一通りとは限りません。

問題1では構造図の表示に頭を慣らしましょう。
問題3では前回も取り上げた「曖昧性を減らす方法」についてです。
   実際に自分で作業してみましょう。

問題1は形容詞がどの名詞(句)にかかっていくのかがポイント
問題2は連用修飾成分がどの動詞にかかっていくのかがポイント
問題3は連体修飾節がどこから始まるかがポイントになっています。

それでは、問題にチャレンジしましょう。



問題1 (第6回出題)

 「丸いなべのふた」という表現は同音異義語が含まれていないにもかかわらず、解釈が二通り存在する。これはいわゆる構造的にあいまい性を含んでいて、括弧を用いてこの二つの構造を図示すると次のようになる。

[ [ 形容詞 + 名詞 ] + 名詞 ] と [ 形容詞 + [ 名詞 + 名詞 ] ]

次の(1)〜(4)の表現は上の例のような構造的あいまい性を含んでいる。その最も自然な解釈を表わす2種類の構造図をそれぞれ下のA〜Eのうちから二つずつ選べ。

(1)若い社長の臨時の秘書
(2)柔らかい布団のカバーの値段
(3)忙しい社員の健康の管理者
(4)分厚い電気製品のカタログの束

 A [ [ 形容詞 + 名詞 ] + [ 名詞 + 名詞 ] ]

 B [ [ [ 形容詞 + 名詞 ] + 名詞 ] + 名詞 ]

 C [ [ 形容詞 + [ 名詞 + 名詞 ] ] + 名詞 ]

 D [ 形容詞 + [ [ 名詞 + 名詞 ] + 名詞 ] ]

 E [ 形容詞 + [ 名詞 + [ 名詞 + 名詞 ] ] ]

問題2 (第12回出題)

「先生は太郎に大きな声で読むように言った」という文は、「大きな声で」が「読む」を修飾する解釈と「言った」を修飾する解釈が可能である。この種のあいまいさは、多義語あるいは同音異義語を含むことによって起因するのではなく、構造上異なる二つの文が、言語の持つ線条性という制約のために、見かけ上まったく同じ文になってしまったためであると考えられる。( X )も上の例のような原因で二つの意味に解釈可能である。
( X )に入れるのに適当でないものを一つ選べ。

(1)人前でそんなことを言うなと父にしかられた。
(2)私は厳しい口調で研究に励むように言われた。
(3)Aさんはみんなに一生懸命仕事をするように頼んだ。
(4)話を聞きながらタバコを吸うことはよくないことだと考えた。

問題3 (第7回出題)

「刑事は血まみれになって逃げる犯人を追いかけた」という文は、刑事が血まみれなのか、犯人が血まみれなのか、二通りにとれるが、これは言い換えれば、「犯人」に係る修飾節の始まりがはっきりしないということである。
「刑事が血まみれ」であることをはっきりさせるには二つの方法がある。一つは( X )の後にテン(読点)を打つことで、もう一つは語順を変えることである。例えば
(A)刑事は逃げる犯人を血まみれになって追いかけた。
(B)血まみれになって刑事は逃げる犯人を追いかけた。
などのようにすることによって、「刑事が血まみれだ」ということをはっきりさせることができる。
つまり、いわば「刑事は」「血まみれになって」「逃げる犯人を」の3枚のカードをいろいろな順番で並べて(冒頭の文のようにあいまいにならないように)文を作る工夫をするというわけである。このようにしてできる文は上のA、Bを含めて( Y )あるのである。

( X )に入れるのに最も適当なものを一つ選べ。

(1) 刑事は
(2) 血まみれになって
(3) 逃げる
(4) 犯人を

( Y )に入れるのに最も適当なものを一つ選べ。

(1) 3通り (2) 4通り (3) 5通り (4) 6通り (5) 8通り



解説

 文章問題はある意味で思考力を問う問題です。与えられた例とその解説から問題の主旨を把握することが大切になります。知識があるかないかよりも、理解できるかどうかですから、読解問題といっていいかもしれません。(特に最近の検定試験はその傾向が強いようです。)

*問題1について

括弧を使った構造図は慣れないととても見にくいものです。それが複雑になればとても慣れるどころではなくなりますが、この程度の構造は見て理解できるようにしておきたいものです。
ポイントは形容詞がどの名詞(句)に係っているのかを見極めることです。例で構造図の見方が示されているのでそれが理解できればやさしいはずです。(但し、実際の試験では限られた時間で手際良く答えを探さなければいけませんが)

 「丸いなべのふた」の解釈は 「丸い」という形容詞が「なべ」という名詞だけに係っているのか、「なべのふた」という句にかかっているのかの違いです。これを構造図にしたのが上の括弧で図示したものになります。例は形容詞が一つと名詞が二つでしたが、問題では名詞が三つになっているのでややこしいかもしれませんが、基本は同じです。どの名詞(句)が形容詞に修飾されているのかをみるときに、名詞句の方にも注意して、どれとどれが句になって、形容詞に修飾されているのかを見極められればいいわけです。
括弧の見方を解説しておくと、より内部の括弧の成分ほど先に結び付くことを示しています
AとEを例にとって説明すると
 A [ [ 形容詞 + 名詞 1] + [ 名詞 2+ 名詞 3] ]
 E [ 形容詞 + [ 名詞 1+ [ 名詞 2+ 名詞3 ] ] ]

A:形容詞は名詞1にだけ係り、それが名詞句(名詞2と名詞3が結びついたもの)を修飾する
E:名詞2と名詞3が結びついて名詞句をつくり、それを名詞1が修飾してより大きい名詞句をつくり、最後にそれ全体を形容詞が修飾する

ですから、問題(1)の文「若い社長の臨時の秘書」では『社長が若い』と解釈すればAになり、『秘書が若い』と解釈すればEとなります。

*問題2について

これも問題文中に例とその解説があるのでそれが理解できればやさしいはずです。
動詞が二つあればいつも連用修飾成分の係りかたが二つ可能であるというわけではありません。
意味を考えると修飾され得ないことがあるからです。
(1)のように「人前で」は「言う」にも「しかる」にも係ることは意味的に問題ありませんが、
(2)のように「厳しい口調で」という表現は「言う」を修飾できても、意味的に「励む」を修飾することはできません。
このように修飾されるかどうかが、意味的(または文法的)に制限されるという例は他にもいろいろあります。
次の(ア)二つの解釈が可能ですが、(イ)ではそれができません。
(ア)あした旅行に行く計画をたてる。
(イ)あした旅行に行く計画をたてた。
つまり、(ア)では「あした旅行に行く。その計画を(いま)たてる」と「(来週)旅行に行く。その計画をあしたてる」の二つの意味の解釈が可能ですが、
(イ)では後者の解釈は文法上許されません。

*問題3について

問題文で指示された通りに作業をしてみるという点でとても良い問題だと思います。
「刑事が血まみれだ」の意味に解釈されるようにするということを忘れて、「犯人が血まみれだ」の場合も考えてしまった人は(Y)の答えで間違ってしまいます。文章問題は読解問題であることを忘れないでおきましょう。と言ってもここは試験対策のコーナーではないので、要は自分で作業をしてみるということです。

「刑事は」のカードを(ア)
「血まみれになって」を(イ)
「逃げる犯人を」を(ウ)とすると

あいまいにならないようにするためには、

(ア)を先頭にした場合は一通りだけ(=Aの文)
(イ)を先頭にした場合も一通りだけ(=Bの文)
(ウ)を先頭にした場合は二通り(ウ+ア+イ/ウ+イ+ア)

ということで4通りになります。


答え

問題1

(1)AとE (2)BとC (3)BとD (4)CとD

問題2

(2)

問題3

(X)は(2)
(Y)は(2)


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講座 第6回「〜は〜が〜」 8/23/2000

前置き

「象は鼻が長い」とう文で「象」と「鼻」のどちらが主語かという長年の論争に一応決着をつけたのはあの三上論文(『象ハ鼻ガ長イ』三上章1960くろしお出版)ですが、それ以来「は」と「が」は文法上異なる次元のもので同一レベルでどちらが「主語」かなどと論じるのは無意味であるというのが今の定説になっているようです。
つまり、「が」は<格助詞>として「に」や「を」と同様に述部に対する格関係を表示するもので、「は」は<取り立て助詞>(「係り助詞」とも呼ばれる)として主題を提示するものだということです。
どのようなものを主題として提示するかを考えると、まず思い浮かぶのは<主題化>という文構造です。
元々文の成分であったものが主題化されて(通常は文頭に来て)「〜は」となるものです。
ということはこのトレーニングルームのテーマである隠れている構造をあぶりだすという練習になると思います。実はこれにぴったりな問題が過去の試験で出題されているます。
今回は知識が必要というよりも、与えれられた問題文中の解説を理解して、それと同じ種類の文を選ぶというまさに頭のトレーニングになる内容となっています。
最後に単純な5択の問題もつけておきます。最初の文章問題ができれば、これは易しいでしょう。

文章問題は抜粋に当たって一部省略してあります。省略したものについては後の解説で触れます。
それでは問題にチャレンジしてみましょう。


問題1 (第7回出題)

次の文章を読み、下の問いに答えなさい。

表面的には同じように「〜は〜が〜」という形をしている文でも、その構造はさまざまであり、例えば次のようなタイプが考えられる。

(あ)「この証書預かる」のように「AがBを〜」の「Bを」が「Bは」になり、
   「BはAが〜」の形になったと考えられるもの

(い)「私りんご好きだ」のように、「AがBが〜」の「Aが」が「Aは」になり、
   「AはBが〜」の形になったと考えられるもの

(う)「この本表紙きれいだ」のように、「AのBが〜」の「Aの」が「Aは」になり、
   「AはBが〜」の形になったと考えられるもの

(え)「この事故スピードの出しすぎ原因だ」のように、「AがBのCだ」の「Bの」が
   「Bは」になり、「BはAがCだ」の形になったと考えられるもの

(お)「冷蔵庫大型いい」のように、「AのBが〜」の「B」が「Bは」になり、
   「Aの」の「の」がなくなって、「BはAが〜」になったと考えられるもの

問い 

次の(1)〜(6)の文は、それぞれさきの(あ)〜(お)のどのタイプに相当するか、
最も適当なものを一つずつ選べ。ただし、同じものを2回以上選んでもよい。

(1)佐藤さんエスニック料理を作るの得意です。
(2)トマト南アメリカ原産地です。
(3)この会社労働時間短いそうです。
(4)この種目、西田選手得意としています。
(5)乳児死亡率、うちの町県内で最低なんですよ。
(6)この調査学生の健康状態を調べるの目的です。

問題2 文型「XはYがZ」(第6回出題)

(1)Aさん、字きれいですね。
(2)この病気、働きすぎ原因なんです。
(3)校長先生、あだな「タヌキ」なんだよ。
(4)あの人、娘さん弁護士をしていましてね。
(5)僕、下の息子ロンドンに留学しているんだ。


解説

問題1 

*必要とされる知識

 ・「は」による文の成分の<主題化>
 ・主格の「が」、対象を示す「が」、総記の「が」

はじめになぜ日本語では「〜は〜が〜」という文型ができるのかと考えてみる。
前置きにも書いたように、二つの主語があるという考え方は今ではしないのが普通である。
まず考えられるのは
『主題「は」+主格「が」〜』というパターン

次に考えられるのは「が」が対象を示す場合です。
・『主題「は」+対象の「が」〜』というパターン

最後に「が」が総記の「が」の場合です。
・『主題「は」+総記の「が」〜』というパターン

(1)<主題化>の基本

    「山田さんきのうこのレポート書いた」という文を考えると、
      『文レベル』では「が」は主格を、「を」は対格を表わす。

     そして、それぞれの成分が<主題化>されると
    →「山田さんきのうこのレポート書いた」
    →「このレポート山田さんきのう書いた」のようになる。

      『談話レベル』では「は」でマークされた「山田さん」「このレポート」が
      題目として示され、それについて述べるという文の形式になっている。

   問題文の(あ)はこのように「対格」の「を」が主題化させたもので、
   『主題「は」+主格「が」〜』のパターンになっている。

   問題文の(い)はこのように「主格」の「が」を主題化させたものであるが、
   元の文には二つの「が」が存在する。
   「私りんご好きだ」の「私が」は主格の「が」であり、
   「りんごが」は対象の「が」である。
   したがって、『主題「は」+対象の「が」〜』のパターンになっている。

対象の「が」
対象を示す「が」は次のような述部(動詞、形容詞)の場合に現われる。
  「(私は)窓から山が見える」「(私は)お金が要る
  「(私は)英語がわかる
  「(私は)カレーが食べたい」「(私は)そのドレスが欲しい
  「(私は)魚が好きだ嫌いだ」「(私は)故郷がなつかしい

  他動詞の目的語を示す「ヲ格」は「対格」と呼ばれるが、それとは区別するために対格の「が」ではなく、対象の「が」と呼ばれることが多い。


『文レベル』と『談話レベル』
『文レベル』における<格>関係というのはその文のみを考えた時に、それぞれの成分が述部に対してどのような意味関係で結びついているかということである。
『談話レベル』における<主題>というのは、文が実際の談話(文章や会話など)で使用されるときに、何について述べるかを明示する部分である。

      
(2)<主題化>の広がり-1-

    「象の鼻長い」という文を考えると、
     『文レベル』では「が」が主格を表わしているので、
     (1)のようにその成分を主題化させると
    「象の鼻長い」のようになる。

     ところが、この最初の文はもう一つ主題化できる成分がある。
     それが「象の」の部分である。そうすると、
    「象長い」という文になる。

    このように「XのYが〜」という関係になっている場合には二つの主題化が考えられる
     (1)「XのYは〜」:基本どおりに「XのY」がひとまとまりで主題化される
     (2)「XはYが〜」:Xの部分だけが主題化される

    (2)のような主題化には以下のような例がある
       <全体と部分の関係>「象長い」「この犬しっぽ短い」
                 「花子さん大きい」
       <親族関係>    「山田さんお父さん公務員だ」
       <所有の関係>   「彼女バッグいつもブランド物だ」

    これも 『主題「は」+主格「が」〜』のパターンの一つである。

    問題文の(う)はこの(2)の<全体と部分の関係>の例である

「象の鼻は長い」と「象は鼻が長い」
主題化される部分が異なると談話ではどのような差が生じるのか?
「象は」で象全体を話題の焦点に据えることで象についてその属性を述べるという形式を作る。そしてその属性の一つとして「鼻が長い」ということを述べている。一方「象の鼻は」では「象の鼻」をひとまとめにして主題にすることで、象全体は視野に入ってこない。その部分だけについて述べるという形式を作る。このように『話題の焦点や視野』をどこに設定するかの違いである。つまり、大きく主題を設定して、個々の部分について述べるのか、はじめから部分だけに焦点をあてるかの違いである

(3)<主題化>の広がり-2-

   これまで『文レベル』での格関係から次の二つの場合を見た。
   (1)ガ格(主格)、ヲ格(対格)の成分が主題化されるもの
   (2)ノ格の成分が主題化されるもの

   しかし、これに該当しない主題化が存在する。
   「お米新潟おいしい」という文を考えると、
    (1)や(2)のように文の成分に戻すことができない
     ×「お米新潟がおいしい」
     ×「新潟がお米おいしい」
     ×「お米新潟がおいしい」

   この文の元の構造を考えると次のようになる
     ◯「新潟お米おいしい」 :XのYが〜
      ↓
      「お米新潟(お米)おいしい」:Yを主題化
      ↓
      「お米新潟おいしい」 :「のお米」はなくても理解できるので削除

   この(3)と(2)の違いは、(2)は「XのYが〜」の「X」が主題化されるが、
   (3)は逆に「Y」が主題化されるところである。

   この(3)のタイプは「XのY」という形だけでなく「形容詞+名詞」の形もある
      「新しいお米おいしい」
      ↓
      「お米新しい(お米)おいしい」
      ↓
      「お米新しいのおいしい」
        注)形容詞の場合には(お米)を代用する「の」の入れておく

   このようにより大きく見ると、
  (2)は修飾成分(「XのY」の「X」の部分)を主題化させたもので、
  (3)は被修飾成分(「XのY」の「Y」や「形容詞+名詞」の「名詞」の部分)を
   主題化させたものと言える。

   これも 『主題「は」+主格「が」〜』のパターンの一つである。

   問題文の(お)はこの(3)の例である。

(4)<主題化>の広がり-3-

  以上の(1)〜(3)が<主題化>の代表的なパターンであるが、最後にもう一つ
  (2)のバリエーションの一つと呼べるようなパターンがある。

  (2)では「XのY」が文の成分としては補語(つまり述部ではない)になっていたが、
   それとは逆に「XのY」が述部(名詞文の名詞の部分)になっている場合がある。

 「スピード化今後の課題だ」という文を考えると、
 「今後の課題スピード化だ」という文の前と後ろの成分を逆にしたものであることが分かる。

 このような関係になっている場合、
 「が」はその対象となっているものを総てあげるという意味で<総記の「が」>と呼ばれる
 つまり、『何が今後の課題か?』の答えになっているということである。

総記の「が」
「山田さん社長だ」と「山田さん社長だ」の違いは、
前者は<措定文>と呼ばれ、山田さん何だ?の答えになっていて
後者は<指定文>と呼ばれ、誰社長だ?の答えになっています。
後者は「社長山田さんだ」と言っても同じになります。
つまり、後者の場合に「が」を<総記の「が」>と言います。

 このような総記の「が」が現われる文型において、「XのY」の「X」を主題化させると
 『主題「は」+総記の「が」〜』というパターンになる。

 つまり、最初の文は「今後スピード化課題だ」となる。

 このように「XのY」の「X」の部分を主題化するという意味では(2)のバリエーションと
 みてもいいだろう。
 問題文の(え)がこの例になる。

*まとめ

「は」による<主題化>という視点から「〜は〜が〜」とう文型を3つに分類しながら見てみた。
その際に「が」の種類を「主格」「対象」「総記」の3つを分けて考えた。
1)『主題「は」+主格「が」〜』
2)『主題「は」+対象の「が」〜』
3)『主題「は」+総記の「が」〜』

注)<総記の「が」>は「主格」「対象」などと同じレベルで扱えるものではありませんが、
 「〜は〜が」の文型を捉える上で出したものです。

注)オリジナルの問題ではこれ以外にあと2つの「〜は〜が〜」のパターンが出されています。
 (か)「田中さんまだそれに気ついていない」のように
    『〜が〜』という慣用句を含むもの
 (き)「私山田さん勝つと思う」のように
    『〜は』が主文の中にあり、『〜が』が従属節の中にあるもの

(か)は義務的に「が」が使われるために「〜は〜が」になる場合で、
(き)は複文における主格の表示の仕方の規則です



問題2

「XはYがZ」のXとYとZの関係を元の文レベルに戻して考えれば、
(2)のように「XのYがZ」になるものと
(4)のように「YがXのZ」になるものがあることがわかる。


解答

問題1

(1)は(い)、(2)(6)は(え)、(3)は(う)、(4)は(あ)、(5)は(お)

問題2

(2)だけが「YがXのZ」の構造に戻すことができるが、
それ以外は「XのYがZ」の構造になる


参考文献

・『日本語教育能力検定試験 傾向と対策Vol.1』バベルプレス
・『例解日本語文法「魚は鯛がいい」-主題をもつ文の構造-』野田尚史「月刊言語」1997年2月号
  *この論文は解説の「主題化の広がり1、2」を考える上で参考にしました。



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