#14 「の」と「こと」初級の現場で活用する文法の知識

初級で学習する「の」と「こと」をどのように整理して学習者に提示するのがいいのか。
実際の現場での指導と教師の側の知識とを対比させながらまとめてみました。



「の」と「こと」を整理するにあたっての基本姿勢

一般に「の」「こと」は形式名詞として扱われますが、「形式名詞」の定義というものは識者のあいだでも統一されたものはなく、したがって、それにこだわって指導する必要もないと思われます。
しかし、<具体的に何かを差し示す名詞>と<そうではない名詞>との区別は指導の上でも有益だと考えます。
実際初級のシラバスでは前者から後者に進むのが一般的だと思われるので、ここではこの二分法を前提にして、どの程度の分類が学習者にとって適当なかを考えながらまとめてみました。
したがって、分類に際して使用した用語は学習者への指導を前提につくったもので、文法上の用語とは必ずしも一致していません。(文法上の概念や用語は「文法の知識」のコラムを参照のこと)
 
 

文法の知識
意味論的には「本」や「先生」のようにそれ自体で何を示すかはっきりしているものは<実質名詞>と呼ばれ、それ自体では何も示さず、ただ何らかの意味を示す形式として働くものを<形式名詞>と呼ぶ。
例えば、『わけ』は<実質名詞>として「訳を言いなさい」と使うが、それが「それでこうなったわけです」の『わけ』は<帰結説明>という機能をもつ<形式名詞>になっていると考える。
統語的には上の例のように<形式名詞>は常に連体詞や節によって修飾されることによって、その機能が明示されるという特徴がある。

注:上の<形式名詞>の考え方にしたがえば下の分類は1も2も<形式名詞>としてくくる
  ことが可能である。
  実際『外国人のための日本語例文・問題シリーズ 形式名詞』(荒竹出版)では、
  1も2も<名詞化>という用法でひとまとめにされている。
  しかし、上の基本姿勢にも書いたようにこの区別は学習上有益なことと考えるので
  ここでは1と2のように分類して指導する方法をとった。



1「名詞」としての使用

「の」:<何か具体的なモノを示す、モノの代用>

   1)名詞の省略

    *名詞文「〜はAのBです」を勉強してから

    私の[本]はこれです。 →私のはこれです。
    これは田中さんの[ペン]です。 →これは田中さんのです。
    これは日本の[時計]です。 →これは日本のです。

   2)名詞の代わり

    *形容詞による修飾、疑問詞「どんな」を勉強してから

    このシャツは小さいです。
    もっと大きい[シャツ]がありますか。→もっと大きいのがありますか。
    どんな[もの]がありますか。→どんなのがありますか。

    *連体修飾節を勉強してから

    あなたが買った[名詞]を見せてください。→あなたが買ったのを見せてください。
    きのう食べた[名詞]が一番おいしかった。 →きのう食べたのが一番おいしかった。

    *倒置文/強調構文

    この映画が一番おもしろかった。→一番おもしろかったの[=もの]はこの映画です。
    私は木曜日に休みました。   →私が休んだの[=日]は木曜日です。
    きのう山田さんが休みました。 →きのう休んだの[=人]は山田さんです。
    私は友達の家に行きました。  →私が行ったの[=ところ]は友達の家です。
 

文法の知識
この「の」はいわゆる『橋本文法』で<準体助詞>と呼ばれるものである


1)は<下略の「の」> 2)は<準代名詞>と呼ばれることがある

「こと」:<何か内容を示す、「〜スル、〜デス」などの情報を示す>

    *名詞文、動詞文、疑問詞「何」「どんな」を勉強してから

    日曜日には何をしますか。 →日曜日にはどんなことをしますか。
                    (内容例:本を読む/テレビを見る、など)
    山田さんから何を聞きましたか。→山田さんからどんなことを聞きましたか。
                    (内容例:先生はおもしろい/あした休む、など)
    それは山田さんから聞きました。 →そのことは山田さんから聞きました。

    *連体修飾節を勉強してから

    何もすることがありません。      (内容例:仕事をする/勉強する、など)
    ちょっと聞きたいことがあります。   (内容例:これは何ですか/どこですか、など)
    この本を読んで感じたことを書いてください。(内容例:おもしろい/つまらない、など)
 

指導のポイント
この<名詞>としての使用法は「モノ」と「内容」に注意させれば、それほど難しいものではないと思われます。「内容」という概念は文の下に吹きだしのようなものを作り、上のような例をあげれば理解しやすいでしょう。


混乱を招くのはむしろこの用法と次の<節を名詞化する>用法とをごちゃごちゃにしてしまうことだと思われます。→3を参照



2 それ以外の使い方:節を名詞に変える

  1)「の」だけが使える

    *例が限られているのでそれを覚える

    <動詞文>

    山田さんを見る       → 山田さんが寝ているのを見る
    山田さんが見える
    山田さんの歌を聞く     → 山田さんが歌っているのを聞く
    山田さんの歌が聞こえる 
    山田さんを待つ       → 山田さんが来るのを待つ
    山田さんを手伝う      → 山田さんが料理するのを手伝う
    山田さんを止める      → 山田さんが部屋を出るのを止める
    地震を感じる        → 地震でビルが揺れるのを感じる
    山田さんを撮る/写す/描く → 山田さんが遊んでいるのを撮る/写す/描く

    <形容詞文>

    外の車がうるさい/やかましい → 外で車が走るのがうるさい/やかましい
 

文法の知識
この「の」は橋本文法では<準体助詞>とされるが、つぎの「こと」とともに一般には<形式名詞>として節を<名詞化/体言化>する働きをする


「の」だけが使える場合の特徴は
<事態をそのままとらえる>という点で、単語の意味特徴として事態の成立に<同時性>があり、そのため<感覚>を表わす動詞になる。

  2)「こと」だけが使える
    
    A 動詞の例を覚える

     <伝達の動詞>
    (私は彼に)山田さんが帰国ことを話した/言った/しゃべった/伝えた
    (私は彼に)それをすることを命令した/命じた/禁止した/禁じた

     <思考の動詞>
     山田さんは大学院へ進学することを考えている
     山田さんは太郎君がそうすることを信じている

    B 文型で覚える

     <テーマとその内容:「〜は・・・ことです」
      私の夢は大統領になることです。
      上達のポイントは毎日練習することです。

     <いろいろな成句>
      [可能] 英語を話すことができます
      [経験] イギリスへ行ったことがあります
      [決定] 帰国することにしました/なりました
 
 

文法の知識
「の」だけ使える場合に対して、「こと」だけ使える場合の特徴は
事態を1つの事柄、概念にまとめる>という点である
Aのように、あることを他の人に伝えたり、自分で思考するためには、その出来事を概念としてまとめなければならないというわけである。
Bについてもそのような特徴から派生する用法である。

  3)「の」「こと」どちらも使える

    <形容詞文>

    *1)のような特別な形容詞を除けばたいていの「評価」を表わす形容詞はどちらも可能

    私はジャズが好きです。 →私はジャズを聞くの/ことが好きです。
    一人の生活は大変です。 →一人で生活するの/ことは大変です。
    〜は楽しいです
    〜は面白いです

    <動詞文>

    山田さんにメモを渡すの/ことを忘れた
    山田さんが来月結婚するの/ことを知っている
 

文法の知識
1と2以外であれば、基本的にはどちらも使えることになるが、どちらがより自然かということはある
その大きな要因となるのは<文体/内容>である。
話し言葉で日常的な内容のものは「〜の」が自然となり、書き言葉で社会性の強い内容のものは「〜こと」が自然となる。
それと関連して、<主観性の強さ>で「好き」が「大好き」となると「こと」より「の」が自然になる(→参考文献3)

 
指導上のポイント
1の<名詞としての用法>と違って、2の<形式名詞の用法>は例文・文型主義で行くことになります。初級では学習する語彙がある程度限られていますから、例文を分かりやすい分類で提示するほうが、難しい文法概念を使って説明するより効果的だと思います。


1も2も学習した段階で、したの3や4などを紹介して、両者の違いを認識せることもいいと思います。



3 見かけがよく似ているが意味が違うもの

  <内容の「こと」>と<節を名詞に変える「こと」>の違い
  
    (1)山田さんにそれを話すのを忘れた  :伝える行為を忘れた
    (2)山田さんにそれを話すことを忘れた :(1)と同じ
    (3)山田さんに話すことを忘れた    :話す<内容>を忘れた
    (4)山田さんに話したことを忘れた   :話した<内容>を忘れた

    (5)山田さんがそれをしたことを知っている:した事実を知っている
    (6)山田さんがそれをしたのを知っている :(5)と同じ
    (7)山田さんがしたことを知っている   :した<内容>を知っている

     注)実際は(3)(4)(7)は文脈によってどちらにもとれる



4 同じ動詞でも「の」と「こと」で意味が違うもの

  (つまり、事態を<そのままとらえる><概念としてまとめる>かの差が表われるもの)
  
 1)「〜のを聞く」と「〜ことを聞く」の違い

     山田さんがライブハウスで歌っているのを聞いた。 :その場で歌を聞いた(=聴く)
     山田さんがライブハウスで歌っていることを聞いた。:その事実を誰かから聞いた

 2)「〜のをかく」と「〜ことをかく」の違い

     山田さんが子供と遊んでいるのをかいた  :その様子を絵に描いた
     山田さんが子供と遊んでいることをかいた :その事実を本に書いた

         



[参考文献]

1「特集「の」の言語学」『日本語学』1993年10月号vol.12明治書院
   特にこの中の<「の」の本質-「こと」「もの」との対比から-佐治圭三>は
   今回の分類をするにあたって指針としました。

2「の」と「こと」の違いは?<そこが知りたい日本語何でも相談>より
 『月刊日本語』1992年10月号アルク

3「ウチとソトの言語文化学 13「の」と「こと」引き込みと引き離し」牧野成一
 『月刊日本語』1996年4月号アルク
   注)この連載記事は後に単行本として出版されています



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