#44「〜によって」と「〜ために」の違いを考える(言い換えができる場合とできない場合)
この考察は、日本語オンラインの掲示板に投稿された質問について考えたものです。
元記事は→[こちら]
最初に参考書の解説を引用して、そのあと私の考えを簡単に書いておきます。それを踏まえて言い換えができないとされた例を検討してみます。
■参考書の解説によれば
用法(原因の「〜で」との比較を含む)の違いについて解説した参考書として、(手元にあるものでは)次の二冊があります。
(A)『日本語文法辞典 中級編』(The Japan Times)p.300-301
(B)『日本語ハンドブック』(スリーエーネットワーク)p.25-26
まず、それぞれの言い換えができない例とその理由の部分を引用しておきます。
注:(A)の例文中“*”が付いているものは、不適格な文であることを意味します。
注:原文では日本語の部分はイタリック体ですが、引用では""を使っています。
******(A)より引用******
As shown in[10],there are cases in which "ni yotte" is unacceptable for some unkown reason.
[10]a.仕事{で/のために/*によって}とても疲れた。
b.病気{で/のために/*によって}会社を休んだ。
c.停電{で/のために/*によって}大変困った。
(中略)
"de" can be used to mean 'cause' rather loosely,but "ni yotte" can be used only when the focus is sharply palaced on a 'cause', as shown in[12].
[12]a.金の問題{で/??のために/*によって}友達とけんかした。
b.つまらないこと{で/*のために/*によって}悩んでいる。
***************************
******(B)より引用*******
◆原因・理由を表す「で」の中には「によって」で置き換えられないものもあります。
(10)風邪{○で/×によって}寝込んでいる。
(11)彼は両親の離婚問題{○で/×によって}悩んでいる。
(10)は「風邪を引いたこと」の結果として「寝込んだ」のではなく、付帯状況としての「風邪を引いている」ことが「寝込んでいる」ことの理由となっています。
(11)のような心理動詞が続く場合も同じです。このような場合には「によって」は使えません。
***************************
Aの参考書では「理由は不明」としながら、三つの例を挙げています。Bは「付帯状況」になっている場合と心理動詞が続く場合
(:これも同じだと言っているので、結局は「付帯状況」の場合だけ)だと説明しています。
参考書が(学習者向けではありますが)「理由は不明」と書くくらいですから、きっと説明が難しいのか、ほんとうに不明なのか、
どちらかですね。Bの参考書では、その理由が書かれていますが、学習者に『「付帯状況」になっている理由の文では
「〜によって」は使えません』と説明して、はたして理解してもらえるのかどうか疑問が残ります。
もっとかみ砕いて説明する必要がありそうです。
■二つのレベルを分けて考えることについて
初級は特にそうですが、中級でも(ア)と(イ)を区別することは必要だと思います。
(ア)実際のところ、“何が問題なのか”考えて答えを出すこと
(イ)学習者に“どう説明するか”ということ
実際、「〜ために」が「〜によって」に言い換えができるものをきれいに整理することは難しいのかもしれません。
ですから、一つの考え方として、(ア)はひとまずおいておいて、(イ)の部分として、
上の参考の挙げられている動詞とその使用例を教えるということでもいいのかもしれません。
ただ、私としては、もう少し詳しくみて、基本的な部分での違いをはっきりさせて、その上で、
上のことについて触れたらどうかなと思います。そうすることで、「言い換えができない例を訂正するにはどうしたらいいか」
考える際にも有益だと思うからです。
ということで、私は、次の3点を「〜によって」の特徴だと考え、それに合わない場合は言い換えができなと考えます。
★「〜によって」と「〜ために」が言い換えができる場合
「〜によって」のほうが用法が限定されているので、「〜ために」の文が次のようになっていれば、
両者は言い換えができると思います。見方を変えれば、上の要素が欠けるほど、「〜によって」は不自然になるということです。
(@)原因にあたる言葉が述部と直接結びつくようなものであること。
(A)述部が【変化】【発生】(【可能】【自発】)を表す表現になっていること。
(B)文体・内容がそれなりに「重々しさ」を感じること
(:そのような語句が使われていること)
付帯状況のことや心理動詞のことなどは、これを基本にして出てきたことではないかと思います。
ただ、どれか一つが関係しているということではなく、複数のことが関係して、何が言い換えできなくて、
何が言い換えできるのかを決めることを難しくしているようです。
■(ア)についてのOyanagiの考え
−特徴(@)(A)(B)(C)−
まず、「〜によって」という(複合)格助詞のもとになっている「よる」は「拠る」「依る」の意味を持っている言葉ですから、
格助詞の「で」のように、「述語が意味する事態に対してなんらかの限定をする」という用法とは異なります。これは(@)につながると思います。
★(@)直接の「原因」となるものを「明示する」形式であること
「で」は、原因以外にもいろいろな意味になる助詞です。述語が示す内容についてなんらかの限定するということです。
ですから、「病気」と「学校を休む」が「で」で結びつけられていたら、それは「病気」が原因で「学校を休む」という意味に解釈されます。
「〜ために」も「ため」という形式名詞が「〜から利益、被害を受けて」という意味で使われるので、
「病気」と「学校を休む」が「ために」で結びつけられていたら、それは「病気」が原因で「学校を休む」と解釈ができます。
一方、「〜によって」は、そのような解釈を“期待”するものではなく、述語が示す結果になった直接の原因を明示するための形式です。
このことから、「〜」の部分が“読み手の解釈を期待できるような”概念の単語ではなく、明確に結びつく内容の単語になっている必要があります。
次に(@)とも関係しますが、「〜によって」は因果関係を示す助詞ですが、「〜で」「〜ために」と違って、それで表される事態に制限があります。
それは(A)のようにまとめることができると思います。
★(A)その「原因」から生じることを<コントロールできず>に、結果として、何か【変化が生じる】場合に使われる形式であること。
※この【変化】には、何かが【起こる・発生する/消滅する】ことも含みます。
※また「可能/不可能」「自発」の文型も使われますが、ここでは省略します。
「〜について」の因果関係のイメージを図にしてみると次のようになります。
[原因] [結果]
┌────┐
○ → □⇒|■(⇒■)| 【変化】または【変化の継続】
○ → _⇒|■ | 【発生】
○ → □⇒|_ | 【消滅】
└────┘
『○によって、・・・・・』
一方、何かが原因になってある【動作をする】とか【動作をしている】、
または【動作した結果の状態になっている】という事態について述べる文は不自然な文になります。
[原因] [結果]
┌ ── ┐
○ → |□⇒⇒| 【動作をする】または【動作をしている】
○ → □⇒|■■■| 【動作した結果の状態】
└ ── ┘
『○によって、・・・・・』
つまり、人が主語に立ち、述部に<意思動詞>が来ると不自然になるということです。
ここで注意する点は、文全体として、自分の意志とはかかわらず、そうしてしまった、
そうなってしまったという意味になっていたとしても、動詞そのものが、意志性がある場合には、
「〜によって」とは相性が悪いということです。つまり、意志性があるということは、
「そうしないように」「そうならないように」と考え、行動ができるはずだ、という認識があるので、
『「結果」が全面的にその「原因」に「依る・拠る」』という概念と合わないのだろうと思います。
「〜ために」はそのような制限は緩く、意志動詞であっても、無意思のように使われていればOKです。
(自然な例文)
【変化が生じる】という意味の例
1)株の下落によって不況が深刻化した。
2)自動車の利用によって足腰が衰える。
3)地球温暖化現象によって、気温が上がり続けている。
【発生する】という意味の例
4)台風によって各地で洪水が発生した。
5)ドライバーの不注意によって事故が起こる。
(不自然な例文)
6)×「雨によって、ハイキングを中止した」
○「雨のために、ハイキングを中止した」
7)×「大学に資料がなかったことによって、国会図書館まで足を運んだ」
○「大学に資料がなかったため、国会図書館まで足を運んだ」
8)×「温暖で過ごしやすい気候によって、大勢の人がこの地域に住んでいる」
○「温暖で過ごしやすい気候のために、大勢の人がこの地域に住んでいる」
次に、これも(@)と関係しますが、「〜によって」は、原因となるものを特に明示してということですから、
取り上げあられる内容も、たとえそれが日常生活にかかわるものであっても、硬い文になるほうが自然だと思います。
★(B)文体・内容は、どちらかというと硬いものになる。
「〜ために」も「〜で」と比べれば、硬い文体、内容、重大な出来事を取り上げるなどの特徴がありますが、
「〜によって」は、それとはまた別の意味で硬い文体、内容になると思います。
それは、「〜ために」が因果関係を客観的に述べるという意味で、硬い文になるに対して、
「〜によって」はそのことプラス、特にその「原因」に焦点を当てて取り上げるということで、
何か「重々しさ」のようなものを感じます。
最後に、形式についてです。
★(C)「〜によって」連体修飾の形が使える。
「〜によって」は「〜による+名詞」という形で使えますが、「〜ために」は、原因を述べる場合に、
「〜ための+名詞」という言い方をしません。
○「地震による火災(で大勢の人が亡くなった)」
×「地震のための火災(で大勢の人が亡くなった)」
○「スピードの出し過ぎによる事故(が全体の3割を占める)」
×「スピードの出し過ぎのための事故(が全体の3割を占める)」
それから、傾向として次のことも自然な文であるかどうかをみる上で大切かもしれません。
★(D)「〜よって」は、文を受けるより、名詞(句)を受ける文が多いこと
「〜によって」は、もちろん「〜したことによって」のように文を受けることもありますが、
「〜ために」がごく自然に文を受けるのと比べれば、はやり使用例は少ないし、
そのような文は(B)の特徴をより全面に出します。
■これまでのまとめ
★「〜によって」と「〜ために」が言い換えができる場合
「〜によって」のほうが用法が限定されているので、「〜ために」の文が次のようになっていれば、
両者は言い換えができると思います。
(@)→原因にあたる言葉が述部と直接結びつくようなものであること。
(A)→述部が【変化】【発生】(【可能】【自発】)を表す表現になっていること。
(B)→文体・内容がそれなりに「重々しさ」を感じること
(:そのような語句が使われていること)
見方を変えれば、上の要素が欠けるほど、「〜によって」は不自然になるということです。
最後に、これを踏まえて、参考書A、Bに挙げられていた言い換えができない文をもう一度見て、残された問題について考えます。
■言い換えができないとされた例文を検討してみる(1)
以下の例は、(@)(A)(場合によってはBも含む)の条件にひっかかるので、それを変えれば自然さは増すと思います。
?(不自然さがある)、○(自然である)の判定については人によって異なるかもしれません。
★「けんかする」について
×「金の問題によってけんかする/した」
?「金の問題によってけんかになる/なった」
?「金の問題によってけんかが起こる/起こった」
○「言葉の行き違いによってけんかが起こる」
★「会社を休む」について
×「病気によって会社を休む」
?「病気によって会社を休むことになった」
?「病気によって会社を休まざるを得なくなった」
○「その病気によって会社を休む者が続出した」
○「この病気によって、多くの人が亡くなった」
★「寝込んでいる」について
×「風邪によって寝込んでいる」
?「風邪によって寝込む人が多くなった」(※「寝込む」を【変化】の意味で使う)
?「風邪によって寝込むことになった」
○「たちの悪い風邪によって、一週間も寝込むことになった」
■心理を表す動詞、生理的な現象を表す動詞について考えてみる
参考書(B)では、心理動詞というものを取り上げて、「によって」が使えないとしています。
なぜ心理動詞は使えないのかと考えると、心理動詞だからというよりも、やはりその基本は上に書いた条件
(@)〜(B)に合わないからだと思います。逆に言えば、心理動詞であっても、
(@)〜(B)に合うように文を作れば、自然さが上がると言えます。
次のような心理、生理的現象を表す動詞は、通常は無意思動詞に分類されます。
喜ぶ、悲しむ、怒る、苦しむ、困る、悩む
疲れる
★心理動詞の二つの側面
無意思であるという点(=そのような心理、感情、生理現象が【発生する】という認識)では、条件(A)に合います。
ただ、心理動詞の場合は、人が主語に立ち、そのような感情、心理をコントロールできるという側面も否定できないので、
その点からすると、(A)とは合わなくなります。
また、「〜ている」の形で、「そのような心理を持っている」と、状態を表す形式にすると、
「〜によって住んでいる」や「〜によって勤めている」がそうであるように、不自然になります。
コントロールという点では、生理現象を表す動詞は、心理動詞と異なり、できないと見るのが普通です。
また、心理動詞は、次のような受身的な発想があります。
★「〜によって、そのような感情が引きおこさ“れる”」
この発想があると、受身の「〜によって」と同じ扱いになり、「〜によって」の自然さが上がります。
また、「〜による+名詞」の形にすると、「〜よって発生するところの名詞」という解釈がされるので、
動詞として使うと不自然なものも、自然さが上がることが多いです。
ただし、「怒る」のように対象に向かうイメージのある動詞は「〜に対する+名詞」が自然になります。
このように、心理、生理現象を表す動詞は、一概に使えないとも、使えるとも言えないというというころです。
ただ、次の点を考えると、“通常は”不自然になることが多い、と言えるのだろうと思います。
★心理、生理現象を表す動詞は、(@)と(B)によって不自然になることが多い。
上に挙げた動詞はどれも日常生活でよく使われるレベルの語彙です。そして、これらの動詞は、
元々その心理をもつ対象を「に」や「を」で示すことができる動詞です。つまり原因を示す場合には、
これらの基本的な助詞のレベルで「に」「で」がまず選択されるべきであり、
「〜によって」をわざわざ付けるまでもないということです。付ける以上は、それなりに直接的で、
具体的な内容と語句で文が作られている必要があるでしょう。そうでない文は不自然ということになります。
■個々の動詞を検討してみる
言い換えができないとされた例文を検討してみる(2)
言い換えができないとされた例文を含め、条件の(@)〜(B)、さらに上に挙げた様々な要因を考慮して、
どんな場合に自然になるのか考えてみます。
★「喜ぶ」「悲しむ」について
○「息子の合格を喜ぶ/喜んでいる」
○「息子の不合格を悲しむ/悲しんでいる」
○「息子が合格して喜ぶ/喜んでいる」
○「息子が不合格になり悲しむ/悲しんでいる」
?「息子が合格したために喜んでいる」
○「息子が不合格になったため悲しんでいる」
×「息子の合格によって喜ぶ/喜んでいる」
×「息子の不合格によって悲しむ/悲しんでいる」
?「Aチームの優勝によって喜ぶ者もあれば、悲しむ者もある」
★「悩む」について
○「彼は両親の離婚問題で悩んでいる」
○「彼は両親の離婚問題のために悩んでいる」
×「彼は両親の離婚問題によって悩んでいる」
??「彼は恋人との三角関係によって悩んでいる」
?「彼は、両親の離婚問題によって悩むことが多くなった」
?「三角関係による悩みを解消する方法」
★「苦しむ」について
○「借金に苦しむ/苦しんでいる」
○「借金で苦しむ/苦しんでいる」
?「借金によって苦しむ/苦しんでいる」
○「王の圧制によって国民は苦しんでいる」
※「苦しむ」は「〜によって苦しめ“られる/られている”」という受身がベースにあると想定されるので、
他の動詞よりも使いやすいのかもしれません。
★「困る」について
○「停電で大変困った/困っている」
○「停電のために大変困った/困っている」
×「停電によって大変困った/困っている」
?「停電によって工場関係者は大変困った/困っている」
○「停電により機械が止まり、大変困った/困っている」
○「停電による市民の困惑は政府の予想以上だった」
★「疲れる」について
○「仕事でとても疲れた/疲れている」
○「仕事のためにとても疲れた/疲れている」
×「仕事によってとても疲れた/疲れている」
?「度重なる出張によって、とても疲れた/疲れている」
○「度重なる出張によって、彼は心身ともに疲れてしまった」
★「怒る」について
○「政府の政策に怒る/怒っている」
○「政府がそのような政策を発表したことに怒る/怒っている」
○「政府がそのような政策を発表したことで怒る/怒っている」
○「政府がそのような政策を発表したために怒る/怒っている」
×「政府の政策によって怒る/怒っている」
?「政府がそのような政策を発表したことによって怒る/怒っている」
?「政府がそのような政策を発表したことによって、市民は怒っている」
○「政府がそのような政策を発表したことに対して、市民は怒っている」
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