#39「〜ない」を語尾にもつ形容詞の分類を再検討

☆考察の目的

考察ファイル#32では「〜ない」を語尾にもつ形容詞を分類したが、それは<語形成>の視点から分類したもので、「ない」が丁寧体として「ありません」となるかどうかを考察したものであった。今回は推量の「〜そうだ」が接続するときの形からこの分類を再検討してみる

今回の考察には2つの目的がある。一つはよく話題となる「つまらない」は「つまらなそう」が正しいのか「つまらなさそう」が正しいのかという問題である。なぜこのような『ゆれ』が生まれるのかを明らかにする。

もう一つは#32の分類で「〜そうだ」の接続を考えると不都合が生じることである。
#32ではA類−(2)−(ア)に分類したものは『全体で一語の形容詞として意識されるもの』とした。 これは「ない」が「ありません」とはならないということを示すために下位分類したためである。 従って、同分類にある「だらしない」は「だらしありません」とはならないと説明された。
しかし、『全体で一語の形容詞として意識されるもの』であるなら、「〜そうだ」を付けるときには「高い」が「高そうだ」となるのと同じようになるはずだということになってしまう。ところが「だらしない」は「だらしなそう」とは言わず、「だらしなさそう」となる。
このように、「ない」が丁寧体として「ありません」となるかどいう基準と「ない」が「〜なそう」になるのか「〜なさそう」になるのかという基準とは(重なりなりながらも)異なることが分かった。
そこでどの部分が重なり、どの部分で異なるのかを考えるためにこの分類を再検討することにした。

注:今回の考察にあたっては、『類似表現の使い分けと指導法』(日本語教育誤用例研究会 アルク)の解説を参考にした。



☆「〜そうだ」の接続の規則

推量の「〜そう」は活用語の語幹に接続するという規則があるため、形容詞では次のような形になる。
これを【規則X】とする

「高い」=たか・い →たか・そうだ

一方、「ある」の否定形である「ない」は形容詞ではあるが、2音節という形態上の特徴のために(1)のようにはならず、(2)のようになる。つまり、「さ」という音節が挿入されることになる
これを【規則Y】とする

「ない」=な・い →(1)×な・そう
         →(2)◯な・さ・そう

この規則によって、形容詞の否定形(=「〜く・ない」)は「ない」の規則にしたがって次のようになる。

「高くない」=たかく・ない →たかく・なさそう

ここまでは問題ないのだが、形容詞の中には”否定形”ではないのに「〜ない」という語尾をもつものがある。これは考察ファイル#32で示したとおりある。
このような形容詞の場合には「そうだ」が接続する場合には規則XとYのどちらが適用されるのかが問題である。

規則X】:「〜ない」→「〜なそうだ」
規則Y】:「〜ない」→「〜なさそうだ」

規則Xが適用される場合というのは、「〜ない」という語尾をもっていても「(〜な)・い」のように構造が認識されることを示している。つまり、「〜な」までが語幹であるという認識である。
一方、規則Yが適用される場合というのは、「〜ない」という語尾が”否定”の「ない」であるという認識されることを示している。つまり、「(〜)+ない」であるという認識である。

そこでこのような認識を考慮して再度図式化すると次のようになる。

規則X】:「〜ない」=「(〜な)・い」→「(〜な)そうだ」
規則Y】:「〜ない」=「(〜)+ない」→「(〜)なさそうだ」

このような規則を前提に#32で分類された形容詞を再度検討してみたい。



☆再考察

#32では大きく『語形成の点からみて<否定>の「ない」をもつかもたないか』でA類とB類とにわけた。
そうすると、規則Yが適用されるのはA類で規則Xが適用されるのがB類ということができる。

ここで大きな問題となるのは、B類−(1)に分類した<形容詞のつくる接辞『ない』>をもつ形容詞の扱いである。今はこのグループのものは除いて、B類−(2)のものだけを対象にする。(2)は最後に改めて考察してみる。

1 【規則X】が適用されるグループ

1−1 B類−(2)

B類−(2)は『現代では「ない」の意味を考えることができない』もので『形容詞の語尾の一部』と認識されるグループであった。従って、このグループのものは例外なく【規則X】が適用される。

きたな・い「汚い」
あぶな・い「危ない」
すくな・い「少ない」

1−2 B類−(2)に追加される単語

「幼い」という単語は#32では語構成の点からA類−(2)−(ア)に分類されていたが、確かに語源からすると「長(おさ)無し」であるが、現代ではそのような意味を意識することはほとんどないと考えられるので今回はB類−(2)に入れる。
さらに、「おっかない」という単語も「ない」の意味を考えることができないということで新たに追加する。
そして、B類−(1)に分類されていた「せつない」も現代では「ない」が形容詞をつくる語尾であるという認識はほとんどないと思われるので今回は(2)に入れる。

1−3 まとめ

以上まとめると、以下の単語が例外なく【規則X】が適用されて「〜なそう」となり、決して「〜なさそう」とはならない。

きたな・い「汚い」
あぶな・い「危ない」
すくな・い「少ない」
おさな・い「幼い」
せつな・い「切ない」
おっかな・い

2 【規則Y】が適用されるグループ

2−1 A類−(2)

このA類−(2)は<語形成>の点から『「アル」の否定の「ナイ」をもつもの』のグループであった。
従って、規則Yが適用されることになる。
#32の分類では「ありません」となるかどうかとう視点で分類したため、(2)をさらに下位分類して、(ア)一語として意識されるもの(イ)「ない」の前に切れ目を感じるもの、とに分けたが、「そうだ」にどのよな形で接続するかという視点でみたときには、(イ)は当然のことであるが(ア)も<語形成>の点では”否定”の「ナイ」をもつということでいっしょに括るのが適当であると考える。

2−2 まとめ

ということで(ア)と(イ)をいっしょにしたグループが【規則Y】が適用されて 「〜なさそう」となる。

注:『類似表現の使い方と指導』にあるように単語によって一部規則Xを適用して「〜なそう」と言う人もあるようである。

(ア)より
だらし−な・い
ぎこち−な・い
さなけ−な・い 「情け無い」
もったい−な・い「勿体無い」
めんもく−な・い「面目無い」
なにげ−な・い 「何気無い」
たより−な・い 「頼り無い」
そっけ−な・い 「素っ気無い」

(イ)より
もうしわけ−な・い「申し訳無い」
ちがい−な・い  「違いない」
しかた−な・い  「仕方ない」
みっとも−な・い 
とんでも−な・い

3 【規則X】と【規則Y】が適用されるグループ

3−1 A類−(1)

このA類−(1)というのは『動詞の語幹に否定の助動詞「ない」がついたもの』であった。
(2)のグループが「アル」の否定「ナイ」がついたものであったのと大きな違いである。
同じ”否定”という概念でありながら助動詞の「ない」は動詞の語幹部分と密接な関係にある。つまり、語幹と「ない」の間に助詞の「は」や「も」などを挿入できない。
例:「分からない」→×「分からハない」/×「分からモない」
一方、「アル」の否定の「ナイ」の場合は挿入ができる。
例:「高くない」 →「高くハ/モない」
  「本ではない」→「本でハ/モない」
  (「金がない」 →「金ハ/モない」)

このことは同じ否定の「ない」であっても助動詞の「ない」の場合には語幹との結び付きが強いために「〜ない」の部分が、「(〜な)い」のように認識されうることを示している。
これは【規則X】が適用される場合の構造の認識である。

つまり、A類−(1)の形容詞は、否定の「ない」を持つという点では【規則Y】の適用を受ける要素を持ちながら、その一方で語幹との結び付きの強さから【規則X】の適用を受ける要素も持つということになる。

3−2 まとめ

以上まとめると、動詞の未然形から派生した形容詞は二つの形があることになる。

つまら*な・い
すま*な・い
くだら*な・い

※一部では以上の単語は「きたない」「あぶない」「すくない」と同じグループだとして「〜なそうだ」を正しい形であるとするむきもあるが、実際の使用例を観察すると『類似表現の使い分けと指導法』にあるアンケート調査の結果でもほぼ半々という結果が報告されている。したがって、【規則X】を適用するのが正しいとすることには無理があると考える。(p.226より引用 数値はアンケートの結果、許容率を100%で表示したもの)

〜なそう〜なさそう
つまらない76.768.7
すまない74.465.1
くだらない71.368.0

3−3 補足(※6月20日追記)

形容詞という品詞から離れて、形容に近い状態性を持つ動詞の否定形はどうかみてみる。 3−2の延長で考えると、このような動詞の否定形も【規則X】と【規則Y】の両方が適用されて、「〜なそう」も「〜なさそう」もどちらもあるということになる。 事実『類似表現の使い分けと指導法』にあるアンケート調査の結果でも状態性を持つ単語についてはほぼ半々で単語によって若干片寄りがあるという結果が報告されている。(p.226より引用)
〜なそう〜なさそう
知らない69.872.3
分からない58.673.2
足りない62.872.7
足らない73.853.1

4 【規則X】と【規則Y】のどちらになるか(まとめ)

以上「〜そう」に接続する形から「〜ない」を語尾にもつ形容詞を再度分類してみたが、規則Xを適用するのかYを適用するのかは、結局のところこの語尾の「ない」をどう認識するかということである。

★「ない」の前に<語形成>の点から切れ目を感じない
    →【規則X】が適用される
★「ない」の前に<語形成>の点から切れ目を感じる
  「〜ガ ナイ」の構造が含まれていると意識する
  →【規則Y】が適用される
★「ない」の前に<語形成>の点から切れ目を感じるが、
 「動詞の否定形」であると意識するため繋がっているとも感じる
  →【規則X】と【規則Y】が適用される

重要な点はこの「切れ目を感じる」かどうかとうことが、<語形成>を強く意識しているということである。
つまり、<語形成>を意識しながらも、<全体として一語として意識されるかどうか>という基準が厳しく適用されて「ない」が「ありません」となるかどうかが判断されたのだが、「そうだ」に接続する形を選択する基準はもっと<語形成>そのものを意識しているということになる。
そして「ない」が組み込まれているという<語形成>が全く意識されないものが【規則X】の適用を受け、意識されるものが【規則Y】の適用を受けることになる。
しかし、そこには当然誤った解釈がされることもある。「少ない」という単語が「ない」という部分をもつことで「すく・ない」のように誤った解釈をされると「少なさそうだ」という形になってしまう。これは誤用とされるが、実際に起こりうることである。(→注) これは人間は意味関係よりも目に見える形態により強く影響を受けることを示している。
「ない」が否定の「ない」なのかどうかという意味にまで意識が及ばずに、単に「ない」という形態にひかれるのであろう。このような意識は次の5とも関係してくる。
注:「少なさそう」については富山大学の加藤先生のサイトにある「いじわるな言語学者」のコラムで最近取り上げられているのご一読を。 →http://jinbun1.hmt.toyama-u.ac.jp/gengo/ijiwaru.htm

5 形容詞をつくる接辞「ない」をもつもの

最後に否定の「ない」ではない形容詞の場合を考察しておく。
#32ではB類−(1)に分類したものである。以下に再掲しておく。

せわし−な・い
せつ−な・い ※
かたじけ−な・い
あっけ−な・い
はした−な・い
めっそう−も−な・い
あどけ−な・い

語構成の視点からは、形容詞、形容動詞の語幹や名詞に「ない」がついたものだから、「ない」の前に切れ目を感じる。しかし、否定の「ない」ではないというややこしいグループである。
このうち、※「せつない(切ない)」は切れ目をほとんど感じないという理由で今回の考察ではB類−(2)に入れて、【規則X】が適用されるとしたが、他の単語はどうであろうか。
実際に「〜そうだ」という形で使いそうな単語をみると、「せわしない」くらいだろうか。
「せわしない」→×「せわしなそうだ」
        ◯「せわしなさそうだ」
おそらく「せわしなそうだ」は使われないと思うが、同じグループで「せつない」が逆に「せつなそうだ」しか使わないのと対照的である。結局、「せわしない」は「せわしい」と同じ意味で、否定の「ない」とは違いのだけれども、使用する側の意識としては否定の「ない」に準じて「〜そうだ」の形を作っていると考えるしかない。
「せわしない」の「ない」は否定の「ない」ではないのだから「せわしなそうだ」とするのが正しいというのは文法上はそうなのだが、先の4でも触れたように私たちはどうも「否定」かどうかまで考えて判断してはいないようである。(→注)

注:このへんのことも先に紹介した「いじわるな言語学者」のコラムで触れている

「あどけない」は「〜そうだ」の形ではほとんど使わないと思うが、しいて作るとしたら、やはり「せわしない」と同様、否定の「ない」に準じて「あどけなさそう」となるだろうか。少なくとも「あどけなそう」よりは自然な気がする。やはり意味よりも形態により強くひかれて判断すると言えるだろうか。



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