#19 <語法の類推>「そのままにせずにはおかない」


*問題点

 「〜ずにはおかない」<超意志/強制自発>の意味で使われる表現なので、「そのままにせずにはおかない」は文字どおりに解釈すると『必ずそのままにする』『どうしてもそのままにしてしまう』という意味になる。ところが、次のような文章で使用されてことを見ると、意味は『そのままにしておけない」となっています。つまり、反対になっています。
 

山に登ったところ、山頂はホテルやおみやげ屋で町のようになっていた。なぜ静かな山を【そのままにせずにはおかない】のだろうか。

       (引用は掲示板の元記事のままです)



*考察の主旨

yukariさんが投稿の最後で触れている「負けずぎらい」の表現は「食わずぎらい」からの<語法の類推>によって生まれたという説があります。(→注)
「そのままにせずにはおかない」という表現は誤用と判断する方も多いと思いますが、その正否は別にしてなぜこのような表現が生じたのかを考えてみました。
上の表現は定着した表現とは言えないので「負けずぎらい」同列に扱えないと思いますが、<外見が似ているために類推で意味上成立しない(矛盾する)表現が生まれる>という点では同じではないかという視点で考察してみることにしました。
<語法の類推>という視点から2つのアプローチを試みました。

注:「負けずぎらい」についてはアルクの『日本語なんでも相談』の内容がインターネト上で読めます。
   →http://mac.alc.co.jp/gn/gnp.qry?function=search
  <語法の類推>という用語はここから拝借しました



*考察1:「そのままにしておかない」の「おかない」

話者が言いたかったことははyukariさんとやっさんが指摘しているように1)の文だと思います。
注:簡潔にするために普通の文にしてあります。

1)(人は)静かな山を そのままにしておかない

問題はこの基本的な文に<強制自発>の意味を付け加えたい場合にはどうするかだと思います。

普通「〜ておく」の文であれば可能形を使って2)のようになるはずです。

2)(人は)静かな山を そのままにしておけない

一方で、<強制自発>を表わすには『〜ずにはおかない』や『〜ずにはいられない』という文型があります。でも、この表現は動詞部分を否定形(「〜ず」)にしなければなりません。
ところが、1)の文はすでに「〜ない」という否定形になっているのでこの文型は不可能です

「そのままにしておかない」=「変える」という意味なので、この反対表現を使って1)は3)のように言い換えることできて、3から<強制自発>の4)と5)ができます。

3)(人は)    静かな山を 変える
4)(人は)    静かな山を 変えずにはいられない
5)(人間の存在は)静かな山を 変えずにはおかない
 

ここで注意すべき点は「そのまま」という単語は通常「そのままにする」ではなく「そのままにしておく」という形で使われるので、1)のように「そのままにしておかない」の『おかない』と5)の「〜ずにはおかない」の『おかない』が見かけ上同じように見えることです。

「静かな山を<そのままにせずにはおかない>」という文が生まれる要因としては、やっさんが指摘されたように話者に<強制>の意味を強く出したいという意識が働いた結果だと思います。

「そのままにしておかない」の『おかない』が<強制自発>の機能語だとみて、「〜ずに」という否定形を接続させることで<強制自発>の意味を出そうという心理が働いて、「そのままにせずにはおかない」という形が生まれたのではないでしょうか。



*考察2:機能語の変化:「ただじゃおかないぞ」の「おかない」

1の考察では「そのままにしておく」という表現だったからこそ生じた誤用ではないかということで考えてみましたが、もしかしたら、機能語そのものが変化しているとも考えられるかもしれません。

変える=そのままにしておかない、のように「〜おかない」という形だったからこそ生じた誤用で、通常の反対語の関係ではこのような誤用は起きないと考えました。

例えば、6)の関係でも7)の意味で8)のような文は言わないと思います。
7)は明らかに逆の意味になり、「そのままにせずにはおかない」のように一見同じ意味かのように解釈されることはないと思います。

6)処罰する=許さない
7)処罰せずにはおかない
8)許さずにはおかない

しかし、次の9)の文を読んでみてどうでしょう。

9)「この国の法律はとても厳しく、そのような行為を許さずにはおかない

この文の意味が7)と同じように感じるでしょうか、もし、そのような解釈ができると感じるようなら「〜ずにはおかない」という表現自体が変化していると考えられます

9)のように「〜ずにはおかない」が『決して〜ない』という意味に変化しているのでしょうか。
そうすると、「そのままにせずにはおかない」は『決してそのままにしない=必ず変えてしまう』という意味で使われていることになります。

つまり、「〜ずにはおかない」は元々二重否定で結局『必ず〜する/どうしても〜してしまう』の意味になっていたのが、「おかない」が強い意志を表明するモダリティを表わす用法に解釈されて、「〜ずにはおかない」が『決して〜ない』の意味を持つようになったとも考えられます。

それを促す要因となったと考えられるのは「そんなことをしたらただじゃおかないぞ」という表現があったのかもしれません。
この表現の「おかない」と「〜ずにはおかない」の「おかない」の外見上の一致から<語法の類推>が起こったと見ることができるかもしれません。



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