「一段と」と「もっと」 [コメントする]

「一段と」と「もっと」


過去ログ(管理人) さんのコメント
 (2003/10/14 14:07:41)

これは過去ログを整理したものです。(管理人)

[475] 「一段と」と「もっと」 投稿者:ゴン 投稿日:02/10/30(Wed) 20:14

Oyanagiさん、こんにちは。昨日、自然な日本語で「一段と」を導入しました。そこで生徒に「もっと」との違いを聞かれたのですが。。。うまく答えられませんでした。自分なりに考えたのは、 岼戝覆函廚里曚Δ固い表現。◆屬發辰函廚蓮会話でよく使われる。,麓膣囘、△狼甸囘。,呂いい海箸砲茲使われる。,蓮⊃泙派修垢罰段。△篭弊???。。。。といろいろ考えてみたんですが、どうもまだはっきりしません。一段とや、もっとの他にも、ますますとか、どんどんとか、よけいとか、難しいですね。。。。今回は、「一段と」と「もっと」について、Oyanagiさんの考えを教えていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
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[476] Re: 「一段と」と「もっと」 投稿者:oyanagi 投稿日:02/11/01(Fri) 18:46 <URL>

ゴンさん、こんにちは。「自然な日本語」会話(9)ですね。
返事が遅くなりましたが、とりあえずゴンさんが考えられたことについて簡単にコメントを書いておきます。
そして、教科書の例文と参考書からの例文について「もっと」に替えた時のニュアンスの差、不自然さについてちょっと考えてみてください。私の考えとと使い分けについては明日にでも投稿します。
■ゴンさんの考え方についてちょっとコメント
 (注:丸数字は機種依存文字なので括弧に替えてあります)
>(1)「一段と」のほうが固い表現。(2)「もっと」は、会話でよく使われる。
基本的な単語ほど会話でよく使われるという傾向はあると思いますが、「とても」と「非常に」のようなはっきりとした対比はないように思います。
>(1)は主観的、(2)は客観的。
これは上のこととつながっている部分もありますね。
主観的だと感じる大きな理由は「もっと早く歩いて(ください)」のような働きかけの表現や「もっとほしいな」のような要求の表現では「一段と」は全く使えないことと関係がありそうですね。「成績がもっと悪くなった」と「成績が一段と悪くなった」ではそのような違いはあまり感じられないのでは? むしろこの場合は別な意味でニュアンスが異なるようです。
>(1)はいいことによく使われる。
これはどうでしょうかね。『新明解国語辞典』にはそのような説明がついているようですが、「よく使われる」と言い切っていいものかどうか。例えば、上の成績の文では良くなった場合でも悪くなった場合でも使えますよね。
確かに、他者との比較の場合にはプラス評価になるのが普通かもしれません。
例:他の人と比べて一段と美しく見える。
>(1)は、図で表すと階段。(2)は曲線
(1)は「一段と」で「段」ですから、「階段」のイメージにつながるのは理解できますが、「もっと」がそれに対して曲線であると考えるのはどうでしょうか。
「曲線」という変化はむしろ「ぐんぐん」のような擬態語にこそふさわしいのだと思いますが。
■教科書の例文を検討
教科書の例文で検討してみましょう。
(1)彼女は、着物を着ると、【一段と】美しくなる。  
              →【もっと】美しくなる
(2)来月に入ると、【一段と】寒さが厳しくなるそうだ。
         →【もっと】寒さが厳しくなるそうだ。
(3)しばらく会わないうちに、【一段と】背がのびたね。
              →【もっと】背がのびたね

(1)と(2)は「もっと」と言い換えられそうですが、ニュアンスは異なるようですね。(3)は(1)、(2)ほど自然ではないような気がしますが、いかがでしょう。やや不自然といったところでしょうか。
他の例文を見てみましょう。
『類義語の使い分け辞典』研究社出版より
注:次の例文は元々「一層」が使われていますが、「一段と」に入れ替えてあります。
この辞典では「一段と」は「一層の強意表現で、特に変化の程度が「一層」よりはなはだしいときに使われる、としていますから入れ替えは問題ないでしょう。
(4)不景気で経営が【一段と】苦しくなっているから、更に営業努力を続けてくれ。
         →【もっと】
(辞典の解説によれば)この(4)で「一段(一層)の代わりに「もっと」を使うのは不自然だとしています。
私の印象では、単に客観的・主観的、程度の差、変化の仕方といったような違いではないものがこの二つの単語の用法にあるように思います。
※上に挙げた『類義語の使い分け辞典』研究社出版にはなかなか興味深い解説がありますのでもし手元にあったらぜひご覧になってください。
それでは、この続きはまた改めて。
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[478] 視点の違い 投稿者:oyanagi 投稿日:02/11/03(Sun) 20:06 <URL>

■前回の投稿の例文の観察から考えられること
まず、第一に
 ☆両者が重なる部分で、言い換えが出来たとしても、
  その特徴からニュアンスが異なる文になる。
そのニュアンスの差の出所は結局は
 ☆「もっと」を使うべき場合があり、「一段と」を使うべき場合がある
ということでしょう。
それでは、まず、第一の点について、ニュアンスの差を考えてみましょう。
※今回は(4)の例文が書かれている『類義語の使い分け辞典』研究社出版、の解説を参考にしています。一部は『基礎日本語辞典』(角川書店)も参考にしましたが、前者ほどはっきりとした解説はありませんでした。
■違い(その1)
「単なる程度・量の増減」vs「レベル・ランクのアップ/ダウン」
この辞典では、まず「さらに」と「もっと」を比較して、前者は『段階』をつけて物事を捉える見方、後者はそれを意識せず、単に程度の変化を捉える見方としています。このことから「もっと」の特徴として
 ☆『段階』を意識することなく、変化の度合いのみに視点を当てる
ということが挙げられます。
 例:「oyanagiはもっと/さらに働いた」
この例では、「もっと」は単に程度が高くなったことのみを指し、通常は仕事量や仕事の時間が増えたことを意味します。それに対して「さらに」は仕事というものに『段階』をつけ、一区切りついたのに、その先(=さらに)に進むという意味を表します。
『段階」を認めることがどのようなニュアンスにつながるかは曖昧なところもあるかもしれませんが、なんとなく違うことは分かると思います。そこで、自然な日本語のニュアンスの違いを振り返ってみると、
 ☆「一段と」も「段」というだけあって、「さらに」が持つ
  『段階』を意識するという捉え方になっていると考えられます。
<教科書の例文(1)の場合>
  ・一段と美しくなる =美しさの程度が“ワンランクアップする”
             ※つまり、その前の美しさのレベルに留まらず次のラン
              クに上がったという捉え方ですね。
  ・もっと美しくなる =単に美しさの程度が高くなったことを意味するだけ。
             ※「一段と」のようにレベルアップという意識はない
              (またはほとんどない)。
より正確に言えば、「もっと」はその差がどの程度かには無頓着で単に増減のみを示すと言えます。確かに、「もっと」は「一段と」と比べて程度の差が少ないという印象を与えるかもしれませんが、そうではなく、「もっと」それ自体は程度の差がどうのこうのということを示さないのだと思います。それに対して、「一段と」は「レベル・ランクアップ」の見方ですから、当然その程度の差は大きいという見方につながります。
<教科書の例文(3)がやや不自然になる理由>
   しばらく会わないうちに、【一段と】背がのびたね。
→【もっと】?
 この「しばらく〜ないうちに」という文型が使われることで、その期間に起こった変化が「かなり大きいものだ」という前提があります。したがって、単に以前との程度を比べるという発想の「もっと」では相性が悪いと感じられるのではないでしょうか。「もっと」と相性がいい文型は、次のようになるはずです。
  ・一昨年も背が伸びたけど、今年は【もっと】伸びたね。
■違い(その2)
 話者の視点はどこに?
「もっと」と「一段と」はこのような程度の捉え方の違いだけでなく、もっと重要な違いがあるようです。それは、
 ☆話者が事態をどのように捉えるか
というもっと大きな視点の違いだと考えられます。
(※難しく言えば、認知される枠組みと焦点があたる部分の違いです)
ここでは、話を単純にするために、程度の違いを比較する場合を大きく二つに分けて
考えます。
(ア)他者との比較(XとY)
   (※時間の流れがない場合)
(イ)その物事の変化前と変化後の比較(XとX’)
   (※時間の流れがある場合)
 ★「もっと」の視点
 
 −−−−−−−−−−−−−→(時間の流れ)
          −
          |
  −・・・・・・・|
  |       |
  −       −
  X       X’
  X       Y
 は/も      は
 
    \●/
     |
    話 者    
「もっと」は、この図のように話者はX(またはXを含むその他)と比較してYの程
度を示すか、変化前のXと変化後のX’の程度の差を示しています。
その際に「Xは/も・・・」であることが前提になります。
基本構造は「Xは/も・・・が、Yは【もっと】・・・」です。
例:(ア−1)山田さんも頭がいいけど、佐藤さんはもっと頭がいい。
  (イ−1)今日も寒いけど、明日はもっと寒くなるよ。
つまり、話者にとって、『程度の差』のみに視点が当てられているということです。
それは次のような使い方ができることを意味しています。
 ☆程度の差にみに注目する「もっと」は
  <指示文/依頼文><願望/希望文>に使われる。
 例:もっと早く歩け。
   もっと右のほうだよ。
   もっときれいに書いてください。
   もっと食べたいな。
このような文型では「一段と」は全く使えません。単に程度の差だけの違いであれば、使えるはずですが、なぜこのような文型で「一段と」が使えないのでしょうか。
 ★「一段と」の視点
「一段と」は(ア)の比較では、『程度をレベル・ランクアップ』として見るという特徴が現れるだけですが、(イ)の比較では、「もっと」にはない特徴を発揮すると考えられます
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−→(時間の流れ)
                    −
 [きっかけ・原因]⇒         |
            −・・・・・・・|
            |       |
            −       −
            X       X’
           は/が      
 
           \●/
            |
           話 者    
この図で重要なのは、”[きっかけ・原因]⇒”の部分です。「一段と」は「もっと」と違って単に『程度』の変化を述べるだけでなく、
 ☆あることがきっかけ・原因になって、XがX’へと変化する/したこと
を表します。
 ☆しかも、その変化が<自然な帰結>として捉えられる
ということです。
<「一段と」が現われる典型的な文型>
教科書の例文を改めて見ると、(1)(2)では「・・・と、一段と・・・」という文型が使われています。また参考書の例文では、「・・・て、一段と・・・」なども現れます。このように、程度の部分しか視点にない「もっと」と違って、「一段と」は
 ☆[きっかけ・原因」にあたる部分を、
  (それを言う言わないにかかわらず)
  意識して、
 ☆その結果を[レベル・ランクアップ/ダウン]という見方で示す
と言うことができると思います。
『すぐに使える日本語実践シリーズ3 くらべておぼえる副詞(初・中級)』(専門出版)でも、4つの例文のうち3つがこのような使い方になっています。
(※1の例文にしても「今日になって」というきっかけを意識していると思われます)
 1)今日は一段と暑くなった。
 2)姉は結婚して料理が一段と上手になった。
 3)試合を前にして、練習は一段ときびしくなった。
 4)オリンピックで優勝してから、一段と有名になった。
このように、「一段と」の例文を挙げる時に、何が典型的を考えると、意識するしないにかかわらず上の特徴を発揮したものになるのではないでしょうか。逆に言えば、そのような構文になっている場合には「もっと」は使えなくはないが、やや不自然か非常に不自然になると考えられます。先の投稿で紹介した(4)の例文が非常に不自然に感じた理由もそこにあると考えられます。
■まとめ
★「もっと」は二者の『程度の差』のみに視点を当てて述べる文型が典型である。
  1)もっと・・・します
  2)もっと・・・てください
  3)もっと・・・したい
  4)もっと・・・しよう(と思う)
  5)もっと(右)です
  6)YはXよりもっと・・・
  7)Xは/も・・・が、Yはもっと・・・
★「一段と」は
 (ア)他者との比較する場合はその中で目立って程度が高いことを示す
    (注:使用例を観察すると、この用法は次にイと比べて少ないと思いまいた)
 (イ)変化の程度を示す場合には
    『あることがきっかけ・原因になって』
    『レベル・ランクアップ/ダウン』と認められるような
    変化が起こる/起こったことを示す文型が典型である。
  1)・・・で/して、一段と〜なった
  2)・・・すると、一段と〜なった
  3)・・・したため、一段と〜なった
■「自然な日本語」の使い方
最後のこの教科書のことを書いておきます。
以前の投稿でも触れましたが、私がこの教科書を使った時には<文型>を取り出して教えるようにしました。つまり、単語レベルでは自国語で意味を確認して分かった気になっても、なかかな「自然」な使い方ができないのを解決するために、文型として「典型的」は表現を学ばせるということです。
上にまとめた内容からわかるように、この「一段と」の例文として使われていた<文型>は非常に特徴を表わしていたと言えます。
全てではありませんが、この教科書の例文は非常によくできています。ですから、単なる例文だという考え方ではなく、そこから教師は「どんな文型で教えるのが一番効果的か」を見極める必要があると思います。もちろん、文型が全てというわけではなく、「使われる状況」のようなより広い視点を例文から読み取ることも必要になるでしょう。
ゴンさんもこれからまだまだこの教科書を使った授業が続くのだろうと思いますが、こんな見方をもって取り組んでみてはいかがでしょうか。
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[479] ありがとうございました。 投稿者:ゴン 投稿日:02/11/03(Sun) 21:37

Oyanagiさん、こんにちは。詳しい説明、ありがとうございました。私は理解度が遅いので、これからじっくりOyanagiさんが書いてくださったものを読んで、自分の中のモヤモヤが消えるようになればと思います。
最後のほうに、自然な日本語の教え方について書かれていましたが、もし「一段と」という導入があったら、それだけで教えるのでなく、前後関係も含めて教えるということですよね?「一段との前は、○×という形がくることが多いよ」のように。。そのほうが、誤用が減りそうな気がします。
 これからも、引き続きこの教科書を教えていきます。「ちゃんと理解されてないかもしれない。。。。」ということが時々ありますが、Oyanagiさんが教えてくださったことを参考に、教え方も変えてみようと思います。
 ありがとうございました。
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