「〜が着られている」が不自然な理由 [コメントする]

「〜が着られている」が不自然な理由


過去ログ(管理人) さんのコメント
 (2003/10/14 13:25:20)

※これは過去ログを整理したものです。(管理人)

[384] 社会通念の「Vられています」のことで 投稿者:うらん 投稿日:02/05/22(Wed) 21:26

はじめまして。日本語教師をしています「うらん」と申します。
受動態の事でご意見を伺えればと思い投稿させていただきます。
非情の受け身形のなかで 「英語は世界で話されています」という形がありますね。「社会通念で一般的に〜である」という意味で使っている言葉であると理解していますが 学生から「韓国でチョゴリが着られています。」という例文が出てきました。言いたいことは分かるのですが
日本語としてどうなんだろう・・・なぜ「着られている」がおかしいのだろうか・・。他にもそんな例文があるかしら・・・。と一人考え込んでしまいました。まだまだ未熟ですので 諸先輩方のご意見を伺わせてください。宜しくお願い申し上げます。
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[385] Re: 社会通念の「Vられています」のことで 投稿者:イラヒ 投稿日:02/05/22(Wed) 23:21

>
> 非情の受け身形のなかで 「英語は世界で話されています」という形がありますね。「社会通念で一般的に〜である」という意味で使っている言葉であると理解していますが 学生から「韓国でチョゴリが着られています。」という例文が出てきました。言いたいことは分かるのですが
> 日本語としてどうなんだろう・・・なぜ「着られている」がおかしいのだろうか・・。他にもそんな例文があるかしら・・・。と一人考え込んでしまいました。
わたし自信は、その韓国の学生が作った文に対して、そんなに強い違和感は感じません。でもなんか言葉足らずという感じはします。
わたしはある表現に違和感を持ったとき、それが実際の日本語の中でどのように使われているか、いつも検索してみます。
「着られています」は確かにあまり使われていないようです。26件しかヒットしませんでした。それでも「韓国でチョゴリが着られています」と同じ用法と思われるものの文章全体を読むと、全然違和感がありません。以下、例を挙げます。
・人口が世界一の中華人民共和国は民族衣装の数も多く、主にチャイナドレスが着られています。
・サリーはインドでもっともポピュラーな衣装です。インドの各地で女性の普段着として、また礼服として、結婚式の時にも着られています。
・着物は、お正月、入学式、卒業式、クリスマスなど、様々な場面で着られています。
・仕事や職場では茶色のスーツは敬遠され、グレーが最も多く着られています。
いかがですか。「着られています」が実に自然に使われていると思いませんか。
うらんさんが、その韓国の学生の文に違和感を感じたのは、「着られる」そのものではなく、その文が単独で出てしまったためではないでしょうか。
「英語は世界で話されています」なら、いきなり出てきても違和感がなくて、どうして「着られています」がいきなり出てきたら違和感、あるいは言葉足らずという感じがするのか、という問題が残りますが、とにかく、「社会通念としての〜着られています」は、決して日本語としておかしいものではない、というのがわたしの考えです。
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[386] 「社会通念〜一般的」と『重み』について 投稿者:Oyanagi 投稿日:02/05/23(Thu) 00:34 <URL>

うらんさん、イラヒさん、こんにちは。
問題の文は単独だと違和感があるけど、適当な言葉を補ってあげれば自然になるってことをイラヒさんが例文を出して説明されていますが、私もそのとおりだと思います。
それで、ちょっと気になったのは、うらんさんが
> 「社会通念で一般的に〜である」という意味で使っている言葉である
と書かれていることです。
これって、何かの参考書に書いてあったんでしょうか。
全く間違いというわけではないとは思いますが、
これで考えると、「え、どうしてこれは受け身がだめ? これがいいの?」ってことになることが多いような気がします。
非常の受け身が成立するかについては、私の持っている参考書では
<語用論的>(:つまり、動詞によってだめとかじゃなくて、使われる場面や文脈ですね)な条件があって、
それは、主語にたつものが『なんらかの意義を持つ』ってことですね。
※動詞と主語の組み合わせによっては確かに「受け身になりにくい」ものがあることは確かですが、重要なのはそれでも誤用論的な条件さえ整えば使えないことはないってことだと思います。
だから、例の文も
「チョゴリは韓国で『今でも』来られている」とするだけでも
その意義が見えてくるわけで、ぐっと自然な文になると思いますよ。
その意義が単文で見えるかどうかは、育った文化によって異なるわけですから、人によって感じ方には差があるのでしょう。
「英語が世界中で使われている」っていうの、私たちの頭の中に
”既に”公用語という概念の刷り込みができ上がっているから、こんなに単文でもOKだと思います。
「このコーヒーは私によって毎日飲まれている」が変で
「このコーヒーは多くの人によって毎日飲まれている」が自然なのは
「私」が「多くの人」になって、一般的になったと考えるより、それによって事態に『重み』がついたからだと考えるほうがいいのではないかと思うのですが、どうでしょう。
もし「私」が大統領だったとしたら、
「このコーヒーは歴代の大統領によって毎日飲まれていた」なら少し自然かな??
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[387] 早速ありがとうございます 投稿者:うらん 投稿日:02/05/23(Thu) 01:50

イラヒさん、oyanagiさん お返事を有り難うございます。
まず「社会通念」という言葉は 恥ずかしながら、私自身が色々な参考書を読んでいくつかの例文に触れたことで 私が感じ取ったものを言葉にしただけのことなんです。特別に何かの参考書に書かれている言葉ではないのでそれ自体が正しいかどうか・・確かにちょっと不安ではあります。(汗)
なるほどイラヒさん oyanagiさんが教えてくださったように 文脈のなかにあればこの文も不自然ではないですね。例文づくりの時に学生に突然単文で言われたので違和感を感じたのですね。
ただ・・まだ私の中では 非情の受け身で「Vれています」をつかう場合は「社会で一般的なこと」・・つまり「みんなが知っている またはそれがある時点だけなくずっと長く行われている=社会通念的」と言う場合に使うという考えが根強いのですが・・・。oyanagiさんが 書いてくださった例文の「このコーヒーはわたしによって毎日のまれている」が変で「このコーヒーはたくさんの人によって飲まれている」が自然な理由もそこにあるように思うのです。「この」という指示語をつけずに「コーヒーは」とか「ビールは」を主語にするとより明確なのではないかと思うのですが、その辺はどうなのでしょうか。(Nwes week を見せて「この雑誌は・・・」という場合はあると思うのですが)お忙しいところ恐縮なのですが oyanagiさんのおっしゃる「重み」という言葉をもう少し 解説していただけたら助かります・・・。
学生(初級競譽戰襦砲剖気┐襪砲△燭辰銅分で受動態をいくつかのパターンに分けてまとめてみたのですが その中のパターンの一つとして「Vられている」と言う形を社会通念の事を言うときに使うのだと教えたのですが それは正しかったでしょうか・・・。ちょっと不安です。
お返事をお待ちしています。とりとめのない長い文になってしまってすみません。
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[388] 「重み」について 投稿者:Oyanagi 投稿日:02/05/25(Sat) 00:40 <URL>

レスが遅くなって申し訳ありません。
「重み」ということについてですが、ちょっと分かりにくかったですね。
私が指摘したかったのは、
<受け身>が成立するための『語用論的』な条件のことです。
で、その紹介の仕方が唐突だったので、ちょっと丁寧に書きます。
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■英語の場合もそうですけど、非情の受け身(物が主語に立つ受け身)の場合というのは
(1)動作主を明示する必要がない場合
   「この寺は100年前に建てられた」
   「ビールは麦から作られる」
(2)動作主が一般的な「人々」の場合
   「スイスでは複数の言語が使われている」
   「この本は世界中で売られているいる」
(3)1と2のどちの要素もある場合
   「消費税が値上がりすると言われている」
の2つ(:3を含めず)があると思います。
★「一般的」という考え方は(2)とつながっていて、
★「社会通念」という考え方は、これがちょっと扱いが難しいのですが、うらんさんが
>「みんなが知っている またはそれがある時点だけなくずっと長く行われている=社会通念的」と言う場合に使うという考えが根強いのですが・・・。
と書かれていることからして、(1)と(2)の裏返しになっていると思います。つまり、社会通念となるようなことは、その動作主を明示する必要もないし、また示すとしたら一般的な人々ということになるような場合ということですね。
ということで、「社会的通念」という名称にはなお違和感がありますが、この説明自体は非情の受け身の特徴を捉えたものだと思います。
(※前回は「全く間違いとは言えない」のような厳しい書き方をしましたが、ちょっと反省しています)
それで、この前提で話をすすめると、
☆不特定多数の人々によって
☆ある期間にわたって継続的に行われていて
☆それが社会的にもみんなが知っていること
であれば、非情の受け身が使えるということになり、
?「韓国ではチョゴリが着られている」
という文に?がついてしまいます。
■そこで、持ち出したのが『語用論的』条件というやつです。
上に挙げた(1)(2)は基本的な条件なのですが、もっと上位概念として、『そもそも、動作を受ける側を主語に取りたてて述べる<意義>があるのか』ってことを考えてもいいのではないかと思ったわけです。
この<意義>っていうものは、文脈なしに話し手、聞き手が暗黙のうちに了解するものもありますが(:先の投稿では「言語→公用語)、そうじゃない場合もあるということですね。
服装というのは、現代の文明社会においては「何かを着て生活する」ことは当り前にことなので、単に、人々がいつもそれを着ていることを、服を主語に取り立てて述べる<意義>がないという見方ができます。
そうすると、どういう<意義>をそこに認めるかを明示することによって非情の受け身として成立させることができるということになります。
先の投稿で言えば、
(ア)時代的意義「◯◯は<今でも>着られている」
(イ)場面的意義「◯◯は<・・・・時に/場合に>着られている」
となるでしょうか。
ということで、「重み」というのは、このように対象をわざわざ主語に格上げして述べるにたる<意義>があるというふうにお考えください。
繰り返しになりますが、これはうらんさんがお考えの「一般的」「社会通念」を否定するものではありません。まあ、それを包むものとでも考えてください。
■一般的な指導を考えると、
☆非情の受け身が使われる場合として、(1)(2)のをあげて、
単に、語順を逆にすれば、何でも受け身になるという発想は間違いであることを教える。
(※ここで、「社会的通念」という用語を使うかどうかは教師の判断だと思いますが、上に引用したようなかみ砕いた言い方であればいいのではないかと思います。ただ、それに注目しすぎると、(1)の場合を見落とすことになりますから、それは注意したほうがいいと思います。その場だけの出来事であっても、動作主体も明示する必要がない場合の受け身はたくさんありますからね。)
☆必要であれば、その際に受け身にして言うだけの<意義>があるのかどうかを注意するようにすればいいのではないかと思います。
 「その新聞はもう読まれました」なんて受け身文がでないように。
■補足 (「着る」という動詞について)
以上のこと(『語用論的』条件)は多かれ少なかれ、どの言語にもあると思うのですが、日本語は特に「人」の優位性が高い言語です。
それは、物が人とのつながりで意識される場合には、人を主語にして、いわゆる迷惑受け身という構文が成立することと関係しています。
「私の財布が盗まれた」よりも「(私は)財布を盗まれた」が自然で、前者は特に客観的な事実の描写という印象を与えます。
それで、ちょっと思ったのですが、(これは私の推測です)「着る」という動詞は、その意味からして動作をする人が変化を被る(「身に着けていない状態→着ている状態)わけで、その意味では、物と人のつながりを強く意識する動詞と言えるかもしれませんね。つまり、服を主語にして客観的に描写しようとしても、どこかで心理的にひっかっかてしまうというわけです。
そうすると、「服が着られる/着られている」という受け身文そのものが、もともと”日本語では”なじめない構文だとも言えそうです。
たまたま、英語の論文で日本の着物の歴史について書かれたものを目にしたのですが、そこでは「Kimono is worn....」のように受け身が使われていましたね。客観的な記述にするために受け身が使われているのだと思うのですが、これを全て直訳して日本語の受け身にするとやはりちょっと違和感を感じるものもあります。
少なくとも英語なんかと比べると、非情の受け身がしにくいと感じさせる動詞なのかもしれないと思いました。
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[390] Re: 「重み」について 投稿者:うらん 投稿日:02/05/28(Tue) 22:50

詳しい解説を本当に有り難うございます。じっくりと拝読させて頂きます。毎日次の日の予習に追われて なかなか一つのことをじっくりと考える時間がない 余裕のない毎日をおくっています。 oyanagiさんの解析力のすばらしさ・・見習わせて頂き、頑張りたいと思います。有り難うございました。これからも宜しくお願い致します。 
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