会社内での敬語(課長のことを部長に話すとき) [コメントする]

会社内での敬語(課長のことを部長に話すとき)


hiziri さんのコメント
 (2005/08/22 12:52:15)

こんにちは。海外の大学で日本語を教えているものです。ある教材を見ていて、疑問に思ったのでお伺いします。

状況:課長が食事で外出中に、部長が「田中課長はどこ?」と聞きます。そこで、社員が「田中課長は、今お食事にいらっしゃっています。」と答えます。

課長よりも上の立場にある、部長に課長のことを尊敬語をつかって話すのはおかしいと思うのですが、これは正しい日本語なのでしょうか?

よろしくお願いします。


3つの視点(「言葉に関する問答集」より)

Oyanagi さんのコメント
 (2005/08/25 01:19:28)

hiziriさん、ようこそ勉強部屋へ。

---(hiziriさん)----
課長よりも上の立場にある、部長に課長のことを尊敬語をつかって話すのはおかしい
----------------------
このように感じる人のほうが多いのではないかと思いますが、ご指摘の文は「間違い」とは言い切れないと思います。
実は、私は敬語が苦手でして、ちょうどこれと似た問題について解説されているものが手元にありましたので、それを踏まえて、このような敬語についての考え方をまとめておきます。参考になさってください。敬語に詳しい方のフォロー、またはご意見をお待ちしております。

で、結論を先に言うと、この解説書では、下に書いた二文のどちらかがいいかという問いに対して、「現代の敬語しては「おっしゃる」を使わない表現の方が適切だということになります」としながらも、使うほうも間違いとはせずに、「場合によって、異なる観点からの判断が必要になる」とまとめています。
この解説本は、全体の書き方として、「これが正しい!」といった決めつけるような書き方をしていません。「このような考えからもあるので・・・・」という書き方です。ですから、考える際のとっかかりという程度に読んでみるのがいいのではないかと思います。

■参考図書
 『新「ことばシリーズ4 言葉に関する問答集 敬語編』文化庁 平成7年発行
 第三章 どちらの言い方を選ぶか
 〔問22〕
 「部長、課長が今日は社には戻らないとおっしゃっていました」と
 「部長、課長が今日は社には戻らないと言っていました」

※本が入手できるようでしたら、原文にあたられることをおすすめします。
※敬語の分類については、伝統的な「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」という3分類ではなく、「謙譲語」を二つに分ける考え方が、現在は一般的です。それについては、ここでは触れませんが、敬語のつかわ方を考えるときには、基本となる部分です。もし上記の図書をお持ちでしたら、〔問1〕をご覧になるか、手っ取り早いところでは、インターネット上で、次のサイトに敬語の基本がまとめられていますので、一度ご覧になってください。下のまとめに出てくる「素材敬語」「対者敬語」についても書かれています。
★大阪市立大学インターネット講座
 「日本語文法の基礎」
  第3回 敬語の体系と運用(1)
http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/~niwa/index.htm

既にこのようなものをご覧になった上でのご質問でしたら、大変失礼しました。ご容赦ください。

以下に、なぜ現代の敬語として「おっしゃる」を使わないほうが適切であるか。そしてなぜ使うほうも間違いとは言えないかということを、簡単にまとめておきます。この考えは、そのままご質問の文にあてはめて考えることができると思います。

■現代の敬語

<絶対敬語と相対敬語>

現代の日本語の敬語は、「絶対敬語」よりも「相対敬語」の要素が強いと言われています。つまり、登場人物の“上下関係”によってのみ敬語が決まるのではなく、それを“だれに対して話すのか”で使われる敬語が変わるということです。

このような特徴から考えると、hiziriさんのご指摘のように、部長に話しているのに、その部長より下である課長に対して尊敬語を使うのは、「相対敬語」の考え方にそぐわないと考えられ、それで違和感をもたれる方が多いのだろうと思います。

<素材敬語と対者敬語>

また、別の視点から言えば、現代の日本語では、話題の中の人物に対する敬語(=素材敬語)よりも、聞き手に対する敬語(=対者敬語)のほうを重視するという特徴があります。端的に言えば、話題の中の人物はここにいないのだから、いまここいる聞き手に対しての敬語のほうを重視するということです。ですから、ご質問の文では、聞き手である部長には、「〜ます」という丁寧語(=対者敬語)だけであるのに、話題の中の人物である課長には、尊敬語(=素材敬語)を使っているので、不適切に感じるのだとも言えます。

<まとめ>
現代の日本語の特徴である「相対敬語」、そして「対者敬語」重視という傾向から考えると、部長に対して「課長は・・・(尊敬語)・・・。」という文は、適切な敬語の使い方とは言えないということになります。

それでも、なぜこのような言い方が必ずしも間違いだとは言えないのかということを次に書きます。

■「おっしゃる」を使うことが間違いとは言えないという考え方

部長に対して、「課長は・・・(尊敬語)・・・」と言うのは、話題の中の人物である課長は自分にとって目上だから、(それをだれに伝えるかということは無視して、)尊敬語を使うという、「絶対敬語」の考え方です。
日本語の敬語は「相対敬語」だといっても、このうように上下関係によって敬語を使用すること自体を否定しているのではありません。上の紹介した参考書では、以下の<1>〜<3>の視点から、このような「絶対敬語」的な文章を間違いとはせずに、それなりに使う理由のある文章だとしています。


本題に入る前に、「素材敬語」「対者敬語」がご質問の文の場合どうなっているのかを簡単にまとめておきます。
*************
敬語を考える場合、まず
(A)「話題の中の人物」に対する敬語=「素材敬語」
なのか、
(B)「聞き手」に対する敬語=「対者敬語」
なのかを区別して考えることが必要です。

ご質問の文
「田中課長は、今お食事にいらっしゃっています」
では、
「聞き手」=部長、「話題の中の人」=課長、「話し手」=平社員
の3人が登場しています。

(A)「いらっしゃる」という尊敬語は、話題の中の人物に対する敬語ですから、
「素材敬語」で、平社員<課長 という上下関係にかなっています。

そして、
(B)「(〜てい)ます」という丁寧語は、聞き手に対する敬語ですから、
「対者敬語」で、平社員<部長という上下関係にかなっています。

このように、ご質問の文(の内容)では、上下関係の考えて、「対者敬語」「素材敬語」が使われています。
ちなみに、もし、次のように(B)の上下関係を無視した言い方をしたら明らかに不適切な言い方になります。
×(平社員が部長に対して)「田中課長は、今お食事にいらっしゃっているよ」
ですから、絶対敬語の考え方によれば、課長にも部長にも敬語を使っているのだから、間違いではないということになり、相対敬語の考え方からすれば、“部長に向かって話している”のだから、使われている敬語のバランスが不自然だということになります。
*************

<1>課長に対して敬意を表すだけではない

ーーー<引用>ーーー
「課長の動作に尊敬表現を選ぶのは、単に課長に対する敬意だけでなく、その表現を通して話し相手である部長にも丁寧で改まった敬意を表現しることになる」と考えるのです。つまり「おっしゃる」という尊敬語を素材敬語だけとはとらえず、そうした敬語を選ぶことによって実現される話し相手への対者敬語的な側面にも注目する考えです。
ーーーーーーーーーー
この考え方は、私なりに解釈すると、「上下関係を把握してそれに合わせて敬語を使うことができる」ことを示すこと自体が、対者敬語的な要素として機能して、話し相手に配慮して話しているという印象を与えるということではないでしょうか。

<2>親疎関係を示すために課長に敬語を使っている

ーーー<引用>ーーー
「おっしゃる」という尊敬語が、課長を話し手自身から遠ざける「疎」の扱いを表現するのに対して、「言う」は課長と話し手を相対的に近くに置く「親」の扱いを表現するという点が注目されます。(中略)この立場をとると、問題の二つの言い方は、話し手が課長をどの程度の距離で把握したのかの点で異なるだけで、それぞれ正しい言い方と認めていいことになります。
ーーーーーーーーーー
この親疎関係という考え方は、私なりに解釈すると、相対敬語の核心部分は、「うち/そと」の関係を把握することなので、課長に尊敬語を使うことで、課長は「そと」の人だという意味を表しうるということだと思います。
つまり、「相対敬語」の一つの側面から見れば、確かに部長より下の課長のことを尊敬語を使って部長に話すことは不適切だと言えるのだけれども、別の側面から見れば、尊敬語を使うことで、課長は(心理的に)「疎」の人間、「そと」の人間であることを示唆することになると言えます。

このような見方は、(解説にも書かれていますが)次のような文のつながりを考えると、よりはっきり見えてきます。

1)部長、課長が今日は社には戻らないとおっしゃっていました。
2)部長、課長が今日は社には戻らないと言っていました。
3)部長、課長が今日は社には戻らないと申していました。

課長と自分との心理的な距離は次のようになります。
(※これはoyanagiの作図です。念のために)

1)〔自分〕・・・・・・・・・・・外/疎〔課長〕
2)〔自分〕・・・・〔課長〕
3)〔自分、課長〕

1)が不自然に思う人は、3)はもっと不自然な文に聞こえるかもしれませんが、心理的な人間関係の距離というのは、状況次第ですから、適当な状況を想定すれば、このような言い方はけっして間違いではないと思います。次の状況は私が勝手に考えたものです。ほかにもっといい状況設定があるかもしれません。

状況1) 部長は自分の上司だが、課長は他の部署の課長である。
     または、直接の上司である課長よりも、いつも気にかけてくれている部長のほうに親しみを感じている
状況2) 別の部署の部長と自分が所属する部署は営業ではライバル関係であるような場合。
     だから、話すときに、「ウチの課長が・・・」という気持ちが入る。

<3>文体のこと

ーーー<引用>ーーー
人物の上下・親疎関係のほかに、その場面の改まりの程度からも考える必要があります。言うまでもなく、「おっしゃる」の方が改まった場面にふさわしく、「言う」の方が比較的ふだんの気楽な場面にふさわしいという一般かが可能です。
ーーーーーーーーーー

これについては、解説でも詳しく書かれていません。まあ、これは<1><2>と比べると、それほど影響力のある要因だとは思いません。

以上、解説書の内容のポイント部分を引用しながら、私なりの考えをつけてまとめてみました。いかがでしょうか。そういう見方があるのかと知っていただければと思います。

■現場の指導について+蛇足

教科書などで勉強させる場合は、それを使う理由がわかるような文脈がないかぎり、「部長、課長は・・・(尊敬語)・・」のような文を積極的に教えることはしないほうがいいと思います。


ありがとうございました

hiziri さんのコメント
 (2005/08/30 09:35:02)

oyanagiさん、ご丁寧な回答ありがとうございました。勉強不足を実感させられました。


コメントする


なまえメール
WWW
タイトル
コメント
参考
リンク
ページ名
URL


[HOME] [TOP] [HELP] [FIND]

Mie-BBS v2.13 by Saiey