「〜なら」と「〜のなら」 [コメントする]

「〜なら」と「〜のなら」


過去ログ(管理人) さんのコメント
 (2003/10/16 14:08:30)

※これは過去ログを整理したものです。(管理人)

No.743
投稿時間:03/06/17(Tue) 11:02
投稿者名:ひとみ
Eメール:hasu.369.0507.ok@docomo.ne.jp
URL :
タイトル:教えて下さい

 〜のなら と 〜なら の使い分け がわからないので教えて下さい

 行きたいのなら・・・
 行きたいなら・・
 
 暑いのなら・・
 暑いなら・・

No.744
投稿時間:03/06/18(Wed) 07:58
投稿者名:MOMOSAN
Eメール:m102924@chukai.ne.jp
URL :
タイトル:Re: 教えて下さい

>  〜のなら と 〜なら 
わたしは専門家ではありませんのでお教えする資格は全く無く、感想をのべるだけです。
《〜のなら》のほうが《〜なら》より強調語気があるように感じます。

No.761
投稿時間:03/06/23(Mon) 01:30
投稿者名:Oyanagi
Eメール:oyanagi@tky2.3web.ne.jp
URL :
タイトル:「の」で包むということ

2003/06/23

ひとみさん、こんにちは。管理人のOyanagiです。
「なら」と「のなら」の使い分けについてのご質問ですが、ご自身ではどのように使い分けているのでしょうか。それとも使い分けていないのでしょうか。もしひとみさんが日本語教師であるなら、考える出発点は「内省」です。そして、「内省」で得られるものがなければ、用例を「観察」することです。「〜のなら」が使われている用例があれば、それを「〜なら」にしてみたときと何か違いを感じるかどうか、再び「内省」します。こういう作業はネイティブだからこそできることです。
その作業のお役に立てればいいのですが、参考になる資料をあげて私なりにまとめておきます。ここに書かれていることを、改めて「内省」してみて、変だなと思ったら、その気持ちを大切にして、また考えてみることが大切だと思います。文法というのは暗記するものではないので。

■『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』の解説を考えてみる
  (スリーエーネットワーク)

この参考書では、「なら」と「のなら」について次のように書かれています。(p.225)

*******引用開始********
「〜なら」の前に「の」(または「ん」が入ることがありますが、ほとんど同じ意味です。話ことばでは「のだったら(んだったら)」になることがあります。
***********************
この記述から言えることは、現場で指導する上で、両者の表現形式の「意味の違い」について教えることはないということですね。これはこれで有意義な情報です。「意味の違い」がほとんどないということだからこそ、ひとみさんのように、どのように使い分けるのかという疑問が出るのだろうと思います。
しかし、両者の使い分けがどのようにされているかは説明がありません。したがって、もし学習者に『いつ「の」を入れて、いつ「の」を入れないのか』と質問されたら教師は困ってしまいます。

ですから、最低限、文法として、「の」がつく場合とつかない場合は教えられるようにしておかなければいけません。その上で、ドリルは「の」を入れない形でするのか、あるものについては「の」を入れて練習するのかを教師が判断する必要があります。

「名詞+なら」  →×「〜のなら」(※「〜であるのなら」は可です)
「ナ形容詞+なら」→×「〜のなら」
「イ形容詞+なら」→○「〜のなら」
「動詞+なら」  →○「〜のなら」
「過去形+なら」 →○「〜タのなら」

次に、「なら」と「のなら」の使い分けについてですが、この参考書では必要な情報がないので他の参考書に当たります。

■『日本語文型辞典』(くろしお出版)の解説を考えてみる

この参考書の文法解説はコンパクトながらなかなか充実しています。そして、期待どおり「なら」と「のなら」の違いについても解説があります。(p.319)

*******引用開始*********
「の」の有無による意味の違いは、はっきりとは認められない場合が多いが、「の」がある場合は、聞き手の発言や具体的な状況を受けて「あなたがそう言うなら」「それが事実ならば」「実情がそのようであれば」という意味を表すのに対し、「の」がない場合は、「一般的にそのような場合は」「そういう場合は」という意味を表す傾向がある。
************************
このようにこの参考書では先のものと違い、一歩踏み込んで解説しています。

私はこの解説に反対するわけではありませんが、このような書き方では誤解を与えると思うので、私なりにまとめてみます。
この解説の内容を十分に理解するには、「なら」が表す条件文の特徴を理解しておく必要があります。
「なら」が、他の条件表現と違うのは、次のような<前提>があり、それを受けて話者の意見、意図、考えを表明する点にあります。
注)「なら」は以下の用法がすべてというわけでありませんが、ここでは他の用法は省略します。

(1)「これから、コンビニに行ってきます」
   「あ、コンビニに行くなら、お菓子も買って来てくれる?」
(2)「きのうは結局徹夜だったよ」
   「へえ。徹夜だったなら、今眠いんじゃない?」
これは相手が話したことを受けていますが、状況から「推量」したことを示すこともできます。
(3)(相手がその本を手にとって興味ありげにしている)
   「あ、その本読むなら、貸してあげるよ」
(4)(相手が暑そうな様子を見せている)
   「あ、暑いなら、クーラーをつけましょうか」

このような「なら」の特徴を指して、「なら」は【「判断」の仮定】だと言う場合があります。つまり、
(1)=「相手が行くつもりだ」と判断すること、
(2)=「相手が徹夜した」と判断すること、
(3)=「相手がその本を読みたいがっている」と判断すること、
(4)=「相手が暑がっている」と判断すること
そのものを仮定しているからです。
『そのように判断することが正しければ(、私はかくかくしかじかの意見、意図、考えをもっている)』という意味になるわけです。

★このような特徴は、「〜なら」という条件表現が、古語の「なり」から来ていることに由来すると言われています。つまり「なり」には断定、推量の用法があったので、それが条件表現に引き継がれ上の(1)〜(4)のように使われるというわけです。
※このことについては、『基礎日本語辞典』(角川書店)の「なら」の項目に詳しく書かれています。

★私は上に引用した解説を、「の」がある場合には、このような「なら」の特徴が“強く”出る、と解釈します。

■さらにもう一歩踏み込む

ー踏み込み方(1)ー

このような特徴をもつ「なら」は「たら」を使って言い換えることができるのですが、その場合には必ず「〜のだったら」と「の」が入らなければいけません。この「の」は省略できません。
言い方を変えれば、「たら」に「なら」の特徴を持たせるには「の」が必要だということです。これは何を意味しているのでしょうか。

★私は、「〜の(だ)」によって、まず内容(「〜」の部分)を確定しなければいけないからだと考えます。
つまり、相手の言ったことであれ、自分で推量したことであれ、それをひとまず『〜の(だ)』で確定させておいて、そして、『〜のだったら(=それが事実だったら)』というふうにもっていかないと「〜なら」と同じことを言えないというわけです。
このことから「の」を使って文を『包み込む』作業が入ると、内容の部分を「確定」する意識が働くことがわかります。

そうすると、もともと「の」なしで【判断の仮定】を表すことができる「なら」なのですが、「の」を使って『包み込む』作業が入ると、それが「確定」されたことだという意識がさらに強くなります。

このような確定されたことだという意識は、接続する形の中でも「過去形」の場合にもっとも意識されるだろうと予想できます。つまり、過去の出来事であれば、確定されたことだという意識が強いはずだからです。そのような点で例文を観察してみると、「過去形+のなら」という形は、他の接続形と比べてより自然に感じるのではないでしょうか。中には「の」を取ると自然さが落ちる場合もあります。
上の例文では、(2)がそうではないでしょうか。「の」を入れて次のようにしたほうがより自然ではないでしょうか。
(2)’「きのうは結局徹夜だったよ」
    「へえ。徹夜だったの/んなら、今眠いんじゃない?」
              ↑

他の例文では、それほど違いを感じないかもしれませんが、「の」を入れたほうが、「なら」の【判断の仮定】の用法であることが強く意識されるはずです。それは次のような文と比較するとわかりやすいでしょう。△の文はもちろん間違いではありませんが、○をつけた文のほうがより自然な会話のように感じるのではないでしょうか。

(5)△「そんなに行きたいなら、一人で行けばいいじゃない!」
   ○「そんなに行きたいんなら、一人で行けばいいじゃない!」
   ○「そんなに行きたいんだったら、一人で行けばいいじゃない!」

踏み込み方(2)

これは蛇足ですが、「の」を使った接続助詞と呼ばれる表現を考えてみると、どれも「確定」した状況を受ける用法になっています。
★「〜ので」
★「〜のに」
これも、「〜の(だ)」が基本としてあり、それに限定の「で」、結果と突き合わせる「に」がついて表現だと考えられます。

このようなことから考えても、「の」がつくかつかないかの違いは、「確定」したものだという意識を強く出すか出さないかという違いだと考えていいのではないかと思います。
最後になりましたが、このような意識を強く出すという点が、MOMOSANの次のような印象につながっていると思います。
>《〜のなら》のほうが《〜なら》より強調語気があるように感じます。

以上ですが、これを参考に、できるだけ多くの例文を観察して、自分自身で判断をしてください。


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