(その2)からの続きです。
■持ち主の受身と「カラ格」(直接受身と間接受身との連続の視点から)
最後に持ち主の受身について書いておきます。持ち主の受身は直接受身と間接受身の中間的な存在で、項が一つ増えるという構文の特徴からすれば間接受身ですが、相手の動作を直接受ける人が主語にたっている場合は意味的に直接受身と共通しています。そして主語にたつ人が事態の成立に直接かかわっていない場合は構文的にも意味的にも間接受身に近いと言えます。
※参考書によっては「持ち主の受身」を間接受身の一部とするだけで済ませているものもあるようですが、構文的な特徴と意味的な特徴を区別しておくのがいいと思います。
「二格」も「カラ格」も使える動詞について観察すると、意味的に直接受身になっている場合は、迷惑の意味になっていても(間接受身とは異なり)「カラ格」を使うことができますが、意味的に間接受身(つまり直接事態の成立に関与していない)に近い場合は、やはり「カラ格」よりは「二格」のほうが自然になるのではないかと思います。つまり、(5)〜(7)は「カラ格」でもかまいませんが、(8)の持ち主の受身は、間接受身の(9)がそうであるように「二格」のほうが自然だと思います。このような観察が正しければ、はやりここでも間接受身と「カラ格」のミスマッチが関与しているのだろうと思います。
また、これは個人の語感の域を出ませんが、どちらも使える(5)〜(7)にしても、「二格」を使ったほうが、その人の動作主性のようなものが強く出るように思います。
(5)あの先生が私を叱った。
→【直接受身】
:私はあの先生【に/から】叱られた。
(6)通行人が私に道を聞いた。
→【直接受身】
:私は通行人【に/から】道を聞かれた。
(7)会議の席で、太郎君がわたしの計画を批判した。
→【持ち主の受身】※意味的に直接受身的
:私は会議の席で太郎君【に/から】計画を批判された。
(8)先生が私の息子を叱った。
→【持ち主の受身】※意味的に間接受身的
:私は先生【に/?から】息子を叱られた。
(9)先生が(私の目の前で)他の子の作文をほめた。+私はむかっとした。
→【間接受身】
:私は(目の前で)先生【に/??から】他の子の作文をほめられて、むかっとした
■初級での指導にあたって
― 「カラ格」について ―
初級の教科書である『みんなの日本語』では、たしか動作主を「から」で示す文型は導入・練習しないと思います。(※材料の「〜から作られる」はあります)amelieさんのところでは教える必要があるのでしょうか。実際に「から」がよく現れるのは上の(5)(6)のタイプの直接受身で、持ち主の受身の場合は、直接動作が及ぶ(打撃・接触)動詞の用例が多く、元々「から」が使えません。あまり初級のうちは深入りしないほうがいいと思います。
― 「ニヨッテ」について ―
初級の場合、むしろ非情の受身で「〜によってVられる」が導入されることが多いと思います。その場合、間接受身は人が主語になったものですから区別は難しくないと思いますが、間接受身には原則的に「によって」は使われないことも指導が必要かもしれません。
以上、自分の勉強をかねていろいろと書いてみました。何か不明な点があったらご質問ください。 |
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