#32 「〜ない」を語尾にもつ形容詞の分類


☆この分類表を作成した理由

1)「とんでもない」について
「とんでもない」という形容詞を丁寧な形で使う場合に『とんでもありません/とんでもございません』というのは間違いだとされている。大抵の参考書では、(語源はどうであれ)「とんでもない」の「ない」は「違いが-ない」の「ない」のように<否定>の成分であるとは分析されず、「とんでもな・い」のように一語の形容詞のように分析されるため、「違いが-ない」は『違いが-ありません』と言えるが、「とんでもな・い」はそうは言えないと解説している。

2)「せわしない」について
「せわしない」という単語は意味的に「せわしい(忙しい)」という形容詞と同じである。なぜ「ない」という形になっているのに同じ意味なのか。これは語形成からみて、「せわし-ない」の「ない」は<否定>の「ない」ではなく、形容詞をつくる<接尾辞>であるからである。つまり、「せわし・い」の語幹にこの「ない」をつけてできたのが「せわしない」ということである。

以上の2つの単語は同じ「〜ない」という形を持っていながら、語形成の点では異なっている。そこで、「〜ない」を語尾にもつ形容詞には他にどのようなものがあるのか分類してみることにした。
これによって、「とんでもありません」のような間違いが生じる土壌が見えてくるはずである。



☆分類にあたって

全体を語形成の点から見てAとBに分類し、それをさらに「ない」の種類・意味によって下位分類した。
複合語の要素の区切りは「-」で、活用語尾は「・」で示したが、それは概ね『大辞林』(三省堂)の見出し語の表記によった。
A類の(2)は(ア)と(イ)に分類したが、語形成の点からは同じである。しかし、「とんでもない」が「とんでもありません」と間違った形を生む土壌を見るために下位分類を試みた。



☆分類

A類:語形成の点からみて<否定>の「ない」をもつもの

(1)動詞の語幹に否定の助動詞「ない」が付いて形容詞に転じたもの

 (ア)動詞の未然形+「ない」

  つまら*な・い ←「詰まる」
  いけ好か*な・い←「好く」
  済ま*な・い  ←「済む」
  くだら*な・い ←「下る」
  思いがけ*な・い←「掛ける」
  物足り*な・い ←「足りる」
  そぐわ*な・い ←「そぐう」

 (イ)動詞の仮定形+「ない」

  いけ*な・い(行けない)
  いたたまれ*な・い(居た堪れない)
  やりきれ*な・い(遣り切れない)
  (手に)負え*な・い
  底知れ*な・い

(2)「アル」否定の「ナイ」(無い)をもつもの(いわゆる<複合形容詞>のもの)

 (ア)全体で一語の形容詞として意識されるもの(「(〜な)・い」)

 ・「無い」という表記を使わない
  おさ-な・い   (幼い)←「長(おさ)無し」   
  たわい-な・い      ←「体(たわい)無い」
  しのび-な・い  (忍びない)
  あられ-も-な・い :「あられ」は動詞「あり」に可能の助動詞「れる」が付いて名詞化したもの
            「そうであるはずがない」「あるまじきことだ」の意味
  だらし-な・い :「しだら-ない」の転
  ぎこち-な・い :「ぎこつ-ない」の転
  しが-な・い  :?「さが-ない」の転
  あじけ-な・い  (味気ない)          
  おとなげ-な・い (大人げない)

 ・「無い」という表記を使う        
  なさけ-な・い  (情け無い)         
  つつが-な・い  (恙無い)          
  やるせ-な・い  (遣る瀬無い)        
  じょさい-な・い (如才無い)
  ふがい-な・い  (腑甲斐無い)
  もったい-な・い (勿体無い)
  ゆるぎ-な・い  (揺るぎ無い)
  めんもく-な・い (面目無い)
  なにげ-な・い  (何気無い)
  さりげ-な・い  (然りげ無い)
  わけ-な・い   (訳無い)
  はてし-な・い  (果てし無い)
  たより-な・い  (頼り無い)
  こころ-な・い  (心無い)
  そっけ-な・い  (素っ気無い):「そっけ」は『相手への思いやり・好意』の意(大辞林)
  たわい-な・い  (たわい無い):「たわい」は『しっかりした態度・考え』の意(大辞林)
 (たあい-な・い) (他愛無い):「他愛」は当て字、「たわい」の転
  ろく-でも-な・い(陸/碌でも無い)※「〜でナイ」の「ナイ」
  

 (イ)「(〜)-な・い」(「ない」の前に切れ目を意識する/複合語として意識するもの)
 
  もうしわけ-な・い(申し訳無い)          →申し訳ありません
  ちがい-な・い  (違いない)           →違いありません
  しかた-な・い  (仕方ない)           →?仕方ありません
  みっとも-な・い ←「見とうもない(見たくもない)」→?みっともありません
 ※とんでも-な・い ←?「途でもなし/途方もなし」  →×とんでもありません (注1)

  注1:「とんでもない」の「ない」については語源は?であるとされているが有力なものは
     <否定>の「ない」であるため(2)に分類しておく。
     これについては『言葉に関する問答集 (第14集)』(文化庁)の解説に詳しい

B類:語形成の点から見て<否定>の「ない」とは無関係の「ない」をもつもの

(1)形容詞をつくる接辞「ない」(:『甚だしい』の意を添える)がついたもの
                                (注2)
  せわし-な・い   (忙しない)←「忙しい」の語幹から   <大><新><問>
  せつ-な・い    (切ない)←「切ナリ」の語幹から    <大>
  かたじけ-な・い  (忝ない・辱ない)←?         <新>(注3)
  あっけ-な・い   (呆気ない)当て字(?「明け」の強調形)<新>
  はした-な・い    ←『不足』の意の「はした」から    <問>
  めっそう-も-な・い (滅相もない)
            ←『法外な』の意の「めっそう」から   <問>
  あどけ-な・い    ※「あどなし」と「いわけなし」「いとけなし」などとの
              混交によって近世にできた語(大辞林)
            ※「いとけなし」の「いとけ」は『幼少』の意味)<問>
  おぼつか-な・い  (覚束無い)当て字←?         <月>(注4)

 注2:上記の単語において「〜ない」が接尾語であるかどうかの判断は< >に示した辞書または参考書
   によった。
   <大>は『大辞林』(三省堂)
   <新>は『新明解国語辞典』(三省堂)
   <問>は『言葉に関する問答集 (第15集)』(文化庁)
   <月>は『そこが知りたい日本語何でも相談』「月刊日本語 95年8月号」(アルク)
 注3:「かたじけない」は大辞林では『かたじけな・い(忝い・辱い)』となっている
 注4:<月>では「ない」を3類5種に分類しており、本分類も基本的にこの分類によった。
    「おぼつかない」は「かたじけない」「せわしない」と同じ分類となっているため本分類でも
    ここに入れておくが、「おぼつか」が何を意味しているのかは不明である。
 

(2)形容詞の語尾の一部(現代では「ない」の意味を考えることができないもの)

  きたな・い 「汚い」
  あぶな・い 「危ない」
  すくな・い 「少ない」
  はかな・い :当て字(果敢無い)
  つたな・い (拙い)
  つれな・い



☆「〜ない」の部分を「〜ありません/ございません」と丁寧化することができるかどうか

上の分類では次のようにまとめられる。
 
A類のうち
(1)は否定の助動詞「ない」であるため文法的にも丁寧化は不可
(2)は語形成の点では「◯◯-ガ-ない」ため文法的には丁寧化は可能だが、
   (ア)は一語の形容詞のように意識されるので丁寧化は不可
   (イ)は単語によっては複合語のように意識されるので丁寧化は可能
B類は(1)も(2)も否定の「ない」とは無関係なので一語の形容詞であり丁寧化は不可

したがって、丁寧化が可能となるのはA類の(2)の(イ)のグループということになる。
上に示したように「申し訳ない」「違いない」は現在では慣用として丁寧化が認められているが、「仕方ありません」と「みっともありません」は人によっては認めない立場の人もいるかもしれない。つまり、(ア)と(イ)のボーダーにあるということだろう。(注5)
そして「とんでもない」は「×」で示したように、切れ目を意識するために「〜ありません/ございません」の形を生むが、まだ慣用としては認められていないということになる。つまり、「とんでもない」は(ア)のグループに入れるべきだということである。
 
もうしわけ-な・い(申し訳無い)          →申し訳ありません
ちがい-な・い  (違いない)           →違いありません
しかた-な・い  (仕方ない)           →?仕方ありません
みっとも-な・い ←「見とうもない(見たくもない)」→?みっともありません
とんでも-な・い ←?「途でもなし/途方もなし」  →×とんでもありません

注5:参考書<月>では「みっともない」と「仕方ない」は「情けない」「つつがない」「やるせない」「とんでもない」と同じグループに入れているので、?ではなく×の立場をとっていると思われる。



☆「とんでもございません」の位置付け

以上のことから「とんでもない」は「とんでもないことでございます」とするのが正しい使い方ということになるが、『言葉に関する問答集(第14集)』(文化庁)では次のような指摘がされているので引用しておく。
 

しかしながら、「とんでもない」には、普通の形容詞から転じて、「相手の言葉に対して強く否定する気持ちを込めて言うときのあいさつ語」としての用法がある。その場合にまで「とんでもないことでございます」と言うべきだと論じても、実際問題として行われるかどうかが疑問である。この方は普通の形容詞としての「とんでもない」とは用法が異なるのであり、「あじけない」と同列には扱えないのである。「とんでもございません」があいさつ語として現在のように一般化した段階では、これを不適切な言い方として退けることは好ましくないとも言えるわけである。

この第14集が出たのが昭和63年であるから今から10年以上前のことである。その後の時間の経過を考えると、「とんでもございません」の使用はさらに進んでいると思われる。文化庁のこのシリーズは言葉の規範を示すものではないが、あくまで言葉の捉え方の一つとして「とんでもございません」を慣用として認める時期に来ているのかもしれない。
それは<あいさつ語>として「申し訳ございません」が認められること、<機能語>として「(そうに)違いありません」が認められている情況に近づいているということだろう。



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